遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
「所在の明確化、というんだがこの仕事での鉄則で組織上のルールなんだ。勤務形態も独特だし、俺の身の周りにもこの独特なところに彼女がついてこられなくて別れたという例は結構ある」

 聞けば確かに独特だった。確実に九時から十七時で終わる会社とは訳が違う。
 警察業務に時間外はないのだから。

 その中で所在が分からないことが問題になることも分かった。
 だからといってそれが鷹條との交際を止める原因になりうるかというと、そうは思わなかった。
 亜由美にも隠すことは何もない。

「じゃあ、旅行に行くときは早めに計画しましょうね」
「ギリギリでダメになったり、出先で帰らなくてはいけないような事態になっても……まあ怒るなとは言わないけど、分かってくれたら嬉しい」

 亜由美は少し考える。
「怒らないと思う」
 答えは一つだけだった。

 いつも表情を変えない鷹條が少しだけ眉を寄せるので、くすくすと亜由美は笑ってしまった。

「だって、誰にもできないお仕事をしているんだもの。千智さん、お仕事をすごく大事にしているでしょ?」

「あ……ああ」
「それがよく分かるし、私も助けてもらったのだし、応援します」

 鷹條の表情がほころんだ。亜由美にしか分からないくらいの微妙な表情の変化だ。

 思わずといった感じで、テーブルの上に置いていた手を鷹條がそっと握って自分の口元に持って行って軽く口づける。
 むしろ急にされてしまったその仕草の方に、亜由美は胸がどきどきしてしまった。

「本当は今すぐ抱きしめてキスしたい」
「だ……ダメです」
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