遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました
 受領書は社内で書類を受け渡しする際に必ず作らなくてはいけない書類である。

 いつ何の授受があったのか、また渡していない受け取っていないと言われないために必要とされている書類なのだ。

「そんなの作る暇ない」
 その一言に亜由美は引っかかりを覚える。
『作る暇』?

「皆さん、暇で作られるわけじゃないです。それが社内ルールだから作るんです。受領書を作成してから持ってきてください。でないと受け取った、受け取らないで揉める原因にもなりかねませんから」

 ましてやお金を扱う経理部へ提出する書類だ。経理部が管理する書類はそれが会社の数字にも関わることなど、営業部なら知っていてしかるべきなのに。
 亜由美は一応笑顔を浮かべて伝票を突き返した。

 ──営業部のエースだかイケメンだか、知らないけども。

 仕事をきちんとしない時点で亜由美の中ではイケメンではない。

 亜由美は絶対に譲らないと知っているので、一条はその場を離れる。亜由美だって、事情が勘案できる何かがあればもちろん積極的に協力するが、わがままには付き合えない。

 チッという小さな舌打ちの音が聞こえたが、亜由美はそれをとがめるようなことはしなかった。

『時間と約束とお金のことは、きちんと守ること。それが信頼を守る』

 そう父から言われて育ってきている亜由美なのだ。固いと思われても融通が利かないと思われても構わない。

 信頼は一度失うと取り戻すことがとても大変なのだと散々聞かされていたし、それは本当に事実だ。

 父に言われていた時はピンときていなかったけれど、自分が社会人になると父の言葉をとても実感する。

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