自称キモオタDTだけどギャルの彼女できた

彼女できたけどDT

「あっ、まって、もーちょっとで入るからぁ」
「いいから、手放せよ。ぼくがやるから」
「やだ、れーかがちゃんと最後まで、あ……」

 ガコン。

「あーーーー!!」

 春坂の絶叫を無視して、ぼくはクレーンゲームの景品取り出し口からぬいぐるみを取り出した。

「れーかが取りたかったのにぃ!」
「もう何回目だよ。いい加減金もないだろ」
「うぅ~……そーだけどぉ」

 ぶすくれる春坂の頭に、欲しがっていたぬいぐるみを乗せた。

「ほら」
「……えへへ。影山くん、ありがとぉ」

 へにゃっと笑う春坂に、ぼくはふんと鼻を鳴らした。

 あれから、やっぱり春坂はスポーツタオルを返しに来て。ぼくのことなんかお構いなしに喋り倒して、無理やりに近い形で連絡先を交換していった。それから、教室でも何かと話しかけてきたり、意味のないメッセージを送ってきたりして、何となく友達のような関係が続いている。
 今日は、春坂がどうしてもゲームセンターに付き合ってほしい、と言うので、一緒に遊びに来ていた。

「ぎゃー!! 影山くん影山くん、ゾンビ、ゾンビがこっちきたぁ!」
「二人プレイなんだから、そりゃそっちにも行くだろ」
「きもいきもいきもい!!」
「おい、無駄撃ちすんなよ! 教えただろ!」
「だってぇ!」

 シューティングゲームの前でぎゃーぎゃーわめく春坂に、ぼくは呆れながらも、内心楽しんでいた。一人で高スコアを狙うのも楽しいが、こんな風に騒がしくゲームをするのなんて、何年ぶりだろう。春坂はいつでもうるさいが、春坂といると退屈しない。

「ほら、飲めよ」
「わーい! ありがと!」

 遊び疲れてベンチに座る春坂に、ぼくは自販機で買ってきたぺットボトル飲料を渡した。春坂はすぐに蓋を開け、ごくごくと飲んで、ぷはーっとオヤジのような声を出した。

「おーいしー!」
「そりゃあんだけ叫べばな」

 ぼくも隣に腰掛けて、自分の飲み物の蓋を開け、口をつける。冷たいスポーツドリンクが、喉に心地いい。

「でもなんで急にゲーセン?」
「影山くん、ゲーム好きってゆってたじゃん? れーかもやってみたくて!」

 確かにゲームは好きだが、どちらかというと家でやるゲームの方が多い。まずゲームセンターを選択するあたりが陽キャだな、とぼくは乾いた笑いを零した。

「で、やってみた感想は」
「たのしー! 意外とれーかにもできんの多いし!」

 あれができてる、に入るならな。と言おうとして、言葉を飲み込んだ。せっかく楽しそうにしているのに、水を差すことはない。

「でも毎日やるには、お金足んないかなぁ」
「別に毎日なんかやらなくていいだろ。やりたい時にやれば」
「んー……そーなんだけどぉ」

 春坂は伸ばした足を足首のあたりで交差させて、それを左右に揺らした。

「れーか、なんか熱中できるものが欲しくて」
「……はぁ?」
「れーかねぇ、毎日たのしーよぉ。ガッコも友達いるし、おしゃれも、おいしーもの食べるのも、遊ぶのも好き。でもなんか、これ! ってゆーの、なくて」

 足を揺らしながら、視線を合わせずに喋る春坂は、何かを思い悩んでいるようだった。

「影山くんはさぁ、いっつも、教室でゲームしてたでしょ」
「……まぁ」
「あれね、れーか、いいなぁって思ってたの。ずぅっとやってるでしょ。飽きないのかなぁって。でも影山くん、いつもすごく楽しそーで。たまに笑ってて」

 その言葉に、ぼくは顔を赤くした。ゲームをやりながらニヤけているところを見られていたとは。
 しかし、ということは。春坂はあの日、屋上への階段でぼくと話すよりも前から、ぼくのことを認識していたのか。

「れーかも、そーゆーのほしーなって、思ったの。そーしたら……」

 言葉はそこで途切れて、春坂の目が伏せられた。ばっしばしに作られた長い睫毛が、顔に影を落とす。
 そうしたら、に続く言葉は、ぼくにはわからない。ただ春坂は、何かから気を逸らしたいのだろうと思った。

「春坂が、一番楽しいことって、なに」
「え?」

 きょとん、と目を丸くした後、ぱちぱちと瞬きをして。春坂は、考えるように指を頭に当てた。

「んー……なんだろ。今は、おしゃれかなぁ? ファッションとか、メイクとか」
「じゃぁ、それでいいじゃん」
「えぇー? でも、それはふつーってゆーか、れーかにとっては毎日あたりまえにすることだからぁ」
「だから、それでいいじゃん」

 ぼくの言葉に、春坂は首を傾げた。

「春坂にとっては当たり前でも、他の人には当たり前じゃないんだよ。ぼくなんか、服を自分で選ぶのすらめんどくさいし。だから、春坂が今はそれを一番楽しいって思うならさ。とことんやってみればいいんじゃないの。嫌になったらいつだってやめられるんだから」

 ぼくの言葉を飲み込むように、春坂は少しの間黙っていた。そして、次第にその瞳が輝きだした。

「……うん、うんっ! そーだね!」

 春坂が笑ったことに、ぼくはほっとした。春坂に、暗い顔は似合わない。

「ねっねっじゃーさ! これから服見にいこーよ!」
「はぁ?」
「影山くんの服、選んであげる!」

 眩しいほどのきらきらした目で見られて、ぼくは顔を顰めた。

「い、いいって。服に興味ないし」
「だかられーかが選んであげるってば! れーか人の服見るのも好きだもん! ねっ!」

 ぐいぐいと腕を引っ張られて、ぼくは引きずられるように立ち上がり、ゲーセンを出た。楽しげにファッションビルに向かう春坂は、手を繋ぎっぱなしなことなど、全く気にも留めていないようだった。
 ぼくばっかり意識してるようで、バカみたいだ。



 メンズものの服屋で、ぼくは大人しく春坂の着せ替え人形になっていた。

「こっち、こっちも着てみて!」
「はいはい」

 もはや諦めの境地だった。有無を言わさずに押し付けられる服を受け取って、試着室で着替える。
 こんなキモオタを着せ替えたところで、大して変わりはしないだろうに。

「ほら、着たぞ」

 試着室から出てきたぼくを上から下まで眺めて、春坂はうんうんと頷いた。

「うん、いーんでない!?」
「……なんか、ふつーじゃね?」

 ぼくは全身を見下ろした。ゆったりとしたライトグレーのニットに、黒のテーパードパンツ。色味も地味な気がする。

「ふつーがいいんじゃん!」
「でもさぁ、せっかく選んでもらうんなら……ああいうのとか」

 ぼくが革ジャンの方にちらっと視線をやると、春坂は「ぶぶー!」と口をとがらせて、大げさに手でバツを作った。

「ああいうのは選ばれしイケメンが着るためにあるの!」

 その言葉は、ぐさっとぼくの胸に刺さった。どーせイケメンじゃねぇよ。

「人にはそれぞれ似合う服があるの! 無理して奇抜なカッコしたってダサイだけなんだから。まずはシンプルにして、シルエット考えるだけでも違うよ。影山くんはちょっと太っちょだし、オーバーサイズで体型カバーして、下は濃いめの色で引き締めた方がカッコよく見えるよ!」

 心なしかいつもよりはっきり喋る春坂の目は、爛々としていた。
 まぁ、楽しそうだからいいか。カッコよく見える、らしいし。

「あと、髪がなぁ……それ、自分で切ってる?」
「……悪いかよ」

 中学までは、母さんに切ってもらっていた。でも高校に入ってからは頼みづらくて、自分でやっている。美容院に行くのは、何となく気が引けた。

「ちゃんとヘアサロン行った方がいいよぉ。髪は一番清潔感出るとこなんだから。それに影山くんメガネだから、前髪顔にかかっちゃってると、視界わるくない? 上げたらどーかな」

 手を伸ばされて、ぼくは思わず一歩引いた。しかし春坂はお構いなしに一歩踏み込んで、ぼくの額に手を当てて、髪を上げた。

「うん! 影山くん、顔出した方がいいと思う!」

 眼前で歯を見せて笑う春坂に、ぼくは目がチカチカした。

「……っじゃぁ、今度、切る」
「うん! その方が絶対いい!」

 春坂から目を逸らして、ぼくは服を会計して、そのまま着ていくことにした。
 元々着ていたよれよれのパーカーと擦り切れたジーンズは、店の袋に入れてもらった。



 繁華街から最寄り駅まで戻り、帰り道を春坂と並んで歩いていると、前方に人影が見えた。見覚えのあるその姿に、ぼくは足を止めた。

「どーしたん?」
「……別に」

 固くなったぼくの声に、春坂は気づいただろうか。
 前から歩いてくるのは、中学時代のクラスメイトだ。あまり、仲が良くなかったグループの。
 別にいじめられていた、というほどではない。ただ、オタクだとかキモイだとか言われて、たまに押されたり、陰口を叩かれていただけ。そんなに、実害なかったし。気にするほどのやつらじゃない。
 向こうもこちらに気づいたらしい。ひそひそと、何かを話している風だった。
 春坂は、あちらとこちらを交互に見て、きっと眉を吊り上げると、ぼくの腕にぎゅうと腕を絡めた。

「お、おい春坂!?」

 ぼくは慌てた。いきなりどうしたんだ。というか、当たってる。何がとは言えないが。

「今日のデート超楽しかったね! しょーくん!」

 ぼくは目を白黒させた。しょう、とはぼくの名前だ。なんで急に。

「しょーくんめっちゃカッコよかったしぃ! れーか惚れ直しちゃったぁ!」

 大きな声で言いながら、春坂は前方に向かって歩き出す。元クラスメイトから「ちっ」という舌打ちが聞こえた。
 ぼくは、泣きたい気分だった。春坂は、ぼくに恥をかかせないために、こうしてくれている。
 情けない。でも、ありがたい。高校生男子なんて、女の有無がステータスみたいな単純なところがある。春坂みたいなおしゃれな女の子が隣にいて、堂々と正面から絡んではこないだろう。
 そのまま何事もなくすれ違う、と思われたが、元クラスメイトからぼそりとこぼされた言葉に、ぼくはかっと全身の血が沸騰した。

「今なんつったてめぇ!!」

 今まで出したことのないような大声を上げて、ぼくは相手の胸ぐらを掴んだ。

「影山くん!?」

 驚きのあまり、春坂の呼び方が元に戻っている。しかし、ぼくは目の前が真っ赤に燃えていて、見えなかった。

 ――『頭も尻も軽そうな女』

 春坂を侮辱されたことに、ぼくは腸が煮えくり返る思いだった。

「謝れよ! 訂正しろ!」
「影山くん! へーき、れーかへーきだから!」

 ぼくは「彼女に謝れ」とは言わなかった。でも、春坂は平気だと言った。春坂にも、あの言葉は聞こえていたのだろう。ぼくは歯を食いしばった。

「影山くん、も、いこーよ。ねぇ」

 その声にはっとして、ぼくは急激に血が下がった。春坂が、泣いている。
 ぼくは力が抜けたように相手から手を離して、そのまま春坂に手を引かれていった。
 元クラスメイト達は、初めて見るぼくの剣幕に呆けていて、追ってくることはなかった。
 なんだ、この程度のやつらだったのか。言い返してこない、弱いやつにしか強く出られない、弱虫め。
 あんなやつらに春坂が侮辱されたと思うと、やっぱりぼくは悔しくて、唇を噛みしめた。



 公園のベンチで、ぼくと春坂は並んで座っていた。春坂は、ずっとぼくの方を気にしているが、声をかけてこない。春坂に、こんな風にさせたいわけじゃないのに。ぼくは大きく深呼吸した。

「――ごめん。怖い思いさせて」
「えっあ、へーき! れーか、なんもされてないし!」
「でも」
「それに、影山くんれーかのために怒ってくれたんでしょ? ちょっと嬉しかったぁ」
「ちょっとかよ」

 息が漏れるようなぼくの笑い交じりの言葉に、春坂はほっと力を抜いたようだった。

「だって、ケンカはダメだよぉ。ケガしたら、危ないよ」
「ぼくじゃ勝てそうにないし?」
「そうじゃないよぉ! そうじゃないけど、れーか、あのくらい慣れっこだから、ほんとにへーきだよ」

 何でもないように言う春坂に、ぼくは心臓が痛くなった。
 キモオタだとか。根暗とか。何度言われたって、自虐ネタにしてたって、ぼくは、慣れない。いつだって痛い。春坂だって、きっとそうだ。
 カースト上位に見えたって、何もかもうまくいくわけじゃない。ぼくだって、ギャルに偏見を持っていたじゃないか。春坂も、心無い言葉を何度も受けてきたのだろう。
 そんなぼくに、春坂は言葉をいっぱいくれた。
 優しい。素敵。ちゃんとしてる。カッコいい。惚れ直した。――ありがとう。
 ぼくは、春坂に、何か言ったっけ。

「春坂」
「んー?」
「ありがと、な」

 突然の感謝の言葉に、春坂は声を上げて驚いた。

「えっなんでぇ!? なにが!?」
「なんか、色々。話かけてくれたりとか、遊びに誘ってくれたりとか、服選んでくれたりとか、さ。たくさんしてもらったのに、ぼくちゃんとお礼言ってなかったと思って」
「えー! いいよぉそんなの! れーか好きでしてるんだし!」
「あと、さ。春坂は、その……か、可愛い、し、明るくて元気なとことか、見てて楽しいっていうか……その、ぼくは、いいと、思うし。だから、その」

 ぼくが貰った言葉の分、春坂に返してあげたかったのに。女の子って、どう褒めたらいいんだ。
 口ごもっていると、何故か春坂は顔を赤くした。

「それ、好きってこと!?」
「え? あ、いや」
「告白!? ね、告白でしょ!?」

 星を散らしたような目で見られて、ぼくは言葉に詰まった。そういうつもりじゃなかった。なかった、けど。

「……付き合う?」
「うん!」

 即答だった。やったー! と甲高い声を上げて、春坂はぼくに飛びついた。
 ぼくは少しだけ手をうろうろさせて、春坂を抱きしめ返した。ふわりと、甘い匂いが香った。一瞬、頭がくらりとする。
 とりあえず、高校卒業するまでは、キスまで。
 ぼくは腕の中の柔らかい存在に、固く固く誓いを立てた。
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