神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

《三》抜け落ちた記憶




赤い闇。
うごめく人影。
臭気がただよう、邸。

ふわり、ひらり、と。
宙を舞う蝶のように、浮遊する意識。

眼下でなされる凶行になすすべもなく、小百合の魂は、兄が父母たちを殺す様をただ傍観していた。

繰り返される惨劇を───。


       *


目を開けると、黒い影が自分をのぞきこんでいた。

ぼやけた視界のなか、息づかいによって、それが獣なのだと気づかされる。

頭の大きさと形、光る瞳からは、小百合にネコ科の肉食獣を連想させた。

「な……ん、だ……?」

仰向けに寝転がっている自分を、獲物だとでも思っているのだろうか。
鼻づらが、しきりに顔や首筋に寄せられて、くすぐったい。

ああ、と、小百合は気づく。

自分の身を被う血生臭さに、この黒い獣は食欲をそそられているのかもしれない。

「ころ、せ……」

それならば、と、小百合は思う。

兄の凶行を止められず、(いと)うように突き離すことしかできなかった。そんな自分に、生きる資格などない。

「私を……喰らうがいい……」
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