神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

《二》黒い痕と少年




自分が何か大切なことを忘れていることだけは解っていた。

空白部分は【この屋敷に来る直前の記憶】が多くを占めていたが、思い返せば幼少のある時期から所々抜け落ちていることにも気づく。

(なんなんだ、いったい)

溜息をつき、百合子は箸を置く。

「もう、よろしいのですか……?」

恐々とした様子で尋ねてくる少女、(すみれ)
この屋敷の主人(あるじ)であるコクと、彼の『嫁』である百合子の世話を担う者らしい。

「食が進まぬ。悪いな」

膳に並ぶのは白米の(わん)と根菜の汁物、川魚の煮付け、青菜の漬物だ。

和食は嫌いではないが、最近は洋食が食卓に並ぶことが多かったせいか、味付けに物足りなさを感じた。

(いや、味のせいというよりも……)

自分の置かれた状況に困惑していて、食事がのどを通らないというほうが、正しいのだろう。

百合子はふたたび溜息をついた。

目の端で、菫がビクッと肩をすくめたのが解る。
……百合子の機嫌が悪いと気に病んでいるらしい。
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