神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
(『使用人など居ないものとして過ごせ』と、よくお祖父(じい)様がおっしゃったものだが)

ひょっとしたら、この屋敷───『コクの家』では使用人に対し、あえて姿を見せないよう教育をしているのかもしれない。

そんなことを思いながら、百合子は脱衣場で自らの着物にたすき掛けをする。

「『嫁』の務めだ。背中くらい流す」

ちら、と、コクを見やれば、肝心の本人は途方に暮れたような顔のまま、黒い道着を脱ぐ気配すらない。

百合子は、溜息まじりに口を開く。

「いまさら、なんだ。
まさか男のくせに、私に肌を見られるのを嫌がっているのではあるまいな?
……嫁の、私に」

ぼそっと付け足した言葉は、我ながら必要以上の強調句だ。

(嫁だと言っておきながら、私の扱いはまるで『客人』ではないか)

金子と引き換えの嫁には違いないが、契りを交わしたと言いながら、自分たちは未だに『初夜』を迎えてはいない。

(私が年上で気後れしているのか?)

ならば嫁に迎える前に、縁談を断って欲しかった。

同じ女学校に通う友人たちは次々に嫁ぎ先が決まり、百合子も多少のあせりはあったが、結婚とは所詮、家同士の利害関係で成立するもの。
自分の意思などお構い無しに───。
< 27 / 82 >

この作品をシェア

pagetop