神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
参 孤独な役割
《一》犬耳の女と熊の眷属
屋敷内を足早に歩き、百合子は声を張りあげていた。
「美狗! 美狗! どこにいる、出て来い!」
「……ひ、姫様……!」
五つもの居室。使われた形跡のない客間。台所、手水、湯殿。
裏庭にも中庭にも、美狗の姿どころか、人の気配がない。
(あと二日とは、なんだ!)
まるで、別れの期限を切られたかのような、昨日のコクとの会話。
百合子は、彼の歳に見合わない言動に、いつも威圧されている自分に気づいた。
(あんな……年下の男相手に、情けない!)
偉そうに振る舞うわけでもなく、自然と他者を従わせる気質は、やはり彼が“神獣”であることに起因するのか。
(畏怖を感じているということなのか?)
冷静に分析する思考とは裏腹に、いらだつ感情。
「美狗は、どこにいる!」
八つ当たりなのは百も承知だが、百合子は感情に任せ屋敷内を歩いたのち、門の外へと出た。
「お、お待ちくださいっ……、姫様……!」
百合子のあとを追った菫の声が、悲鳴となって辺りに響く。