神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
《二》傷痕を残す意味
『……わたくしがつけた傷はすっかり癒えておりますね』
笑い含みの女の声が、百合子の身の内で響く。
そこに懺悔の念はないように思えた。
「お前の目的は、なんだったのだ。
まさか人を傷つけるのが趣味というわけではあるまい?」
『ええ、もちろんでございますとも。
……百合様は“神籍”にある御方。
わたくしのような下等な物ノ怪に負わされた傷など、放っておいても半刻あれば治る程度のもの』
では、なぜコクは百合子にあのようなことをしたのか。
気恥ずかしさから内心で不可解に思うに留めたが、同化している“眷属”には伝わったようだ。
『百合様の美しい肌に、傷痕を残したくなかったのでしょう。物ノ怪が与える傷は【毒】をもちますゆえ』
「毒?」
『正確には“穢れ”の一種。
通常ならば跡形もなく治る傷も、物ノ怪の思念が染みついて傷痕が残るのでございます』
百合子は、はっとして問い返す。
「コクの身体にあるのは、ソレか?」
『いいえ。厳密には違います』
解答を得たと百合子は思ったが、あっさりと犬耳の女の【声】は否定する。