神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
「……明晩は、新月」

怒りをこらえるように、犬耳の女の声が低い音で告げる。


「“返還”を行うにふさわしい晩だとコク様よりうかがいました。
すなわち、百合様を元の世界へと返す準備が整うのが、明日の夜なのでございます」

百合子は、瞑目(めいもく)した───やはり、自分とコクとの別れの刻限だったのだ。

(なぜ、私の気持ちを勝手に決めつける……!)

いらだつ心は多分に悲しみを含み、百合子の抱える想いを複雑なものとする。

(私の進む道を決めるのは、私自身ではないか)

それがたとえ、端から見れば不幸に映ったとしても。
自分で決めた道ならば、自分で責任がとれるはず。

(なぜ、誰も彼も───)

そこまで考えて、百合子は己の思考がおかしいことに気づく。

(【誰も彼も】?)

コクが勝手に、百合子のためだと百合子を元の世界に返そうと考えていることに、腹を立てているはずだった。

だが、この感情は【他の出来事にも向けられている】気がした。

(いったい私は【何を】忘れているのだ?)

「……ッ!」

頭の奥で、警鐘が鳴り響く。これ以上、近づくなと。
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