神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
壱 赤い別離
《一》狂気──ずっと一緒にいよう
「小百合さん」
張りのなくなった中年女性の声が、呼び止めてきた。
編み上げの長靴を履き終えた少女は、くるりとそちらに向き直る。
「はい」
「今宵は白河様がお越しになられます。ご学友との語らいは、ほどほどになされませ?」
「……承知いたしております、母上」
「お母様」
「……お母様」
呼び方を訂正され、内心では嫌気がさしつつも、小百合は表面にはださずに言い直した。
(武家風だろうと公家風だろうと、大差ないだろう)
そもそも、金子に目が眩み、娘を差し出す親が礼節を説こうなど片腹痛い。
「行って参ります」
袴のすそと背の中程まである黒髪をひるがえし、唯一の憩いの場である学舎へと小百合は向かった。
──それが母親と交わす、最後の会話となるとは知らずに。