神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
工藤(くどう)家は遡れば平安時代末期から続く家柄だと、自慢気に話していた祖父は一昨年、亡くなった。

その頃から抱える小作人の数は減り、(やしき)の使用人も徐々に減り───いまは、七十近い乳母が残るのみだ。

(……もう来ているのか)

敷地内の片隅に、米国製の自動車が止まっていた。
乳母いわく、小百合の未来の旦那様となる白河光安(みちやす)の所有車だ。

「面倒だな」

つぶやきながら、祖父母が愛する欧州建築を模したという、レンガ造りの洋館へと歩を進める。

いつも小百合の帰宅を察し、玄関先で待ち構えているはずの乳母がいない。

不審に思いながらも、小百合は真鍮(しんちゅう)のドアノブを引き、扉を開けた。

───瞬間。

鼻をついたのは、通常なら嗅ぐことのない臭いだった。

むせかえるような、悪臭。
これは───人体から放出される、体液……主に、血の臭い。

鼻腔(びくう)が、たちこめる血生臭さに麻痺(まひ)しつつあり、小百合の思考を停止させる。

ふらり、と、それでも邸内に足を踏み入れるのは、現状把握のためか、習慣のなせるわざか。
廊下を進み行けば、開け放たれた広間の入り口に立つ人物が、目に映った。
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