神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜
「兄上───」

背格好から推測し、安堵(あんど)の息をつきかけたのどが、締まる。

「お帰り、小百合」

微笑みを浮かべる、海軍士官の白い軍服をまとった、二十歳(はたち)過ぎの青年。
温厚な人柄で誰にでも好かれていた、いつでも笑顔が似合う兄。

けれども、いまは。
一歩、小百合は後ずさった。

「あに、うえ……? それ、は……───」

皮肉にも、下がったことにより、広間の様子がよく見えるようになってしまう。

地獄絵図、などという陳腐な言い回しが当てはまってしまう光景が、そこにはあった。

父、母、祖母、乳母。
そして、人の形を成さないあれは、この凶行を為した者にとっての『招かれざる客』。

───全員、ぴくりとも動かない。

「小百合。邪魔者はすべて殲滅(せんめつ)したよ」

明るい口調と笑みに不釣り合いな、鮮血したたる手斧。刃先にこびりつく、毛髪と肉片。

「これで、僕たちのあいだに障害はなくなった───おいで、小百合」

差し出される、血まみれの手。
幼い頃、あの手に頭をなでられるのが、好きだった。
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