激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。
婚約者の家は高級住宅街の中にある。
大手企業、藤山物産株式会社の御曹司、藤山光莉。35歳。
容姿端麗な彼とはお見合いで知り合い、つい先日婚約をした。
最初こそ、興味も関心も無かったけれど。
彼と交流を重ねて色々と知っていく中で、沢山の優しさと温かさを感じた。
お見合いから始まったのに。
私は、光莉さんを本気で好きになっていた。
そんな私は、西條綾乃。31歳。
大手企業、西條産業開発株式会社の社長令嬢。
日頃は父親の会社で【西野聖華】という偽名を使って働いている。
昔から散々だった。
私が大手企業の娘だと知ると、友達だったはずの人たちもみんな離れていくのだから。
一般の家庭とは相容れないわよ。
そんな友達の親の言葉。
子供ながらに酷く傷付いた。
だから、嫌だったんだ。
大手企業の娘という肩書き。
せっかくエスカレーター式で高校まで行ける、名門の私立小学校に通わせて貰っていたのに。
私は中学入学を機に、公立中学校に転校した。
両親は理解のある人だった。
親元を離れて、アパートで一人暮らしをしながら学校に通い始めることに、何の躊躇いも無く許可をしてくれた。
そしてその時から私は【西條綾乃】の全てを封印し【西野聖華】と名乗り、新しい人生を歩み始めたのだった…。
公立中学校は楽しかった。
私のことを何も知らない周りの人たち。
友達も沢山できて、ありのままの自分でいられる喜びを初めて感じた。
その後、高校も公立を選んだ。
普通科でみんなと同じように勉強をして、部活をして……それはもう青春を謳歌した。
高校でも【西野聖華】でずっと過ごしていたが、1人だけ…3年の時の担任にだけ何故か私が、『西條産業開発の社長令嬢』であることがバレたことがある。
何故バレたのかは今も分からないけれど、それはもう過去の話。
大学に進学して、一般採用で父親の会社に就職して…。
私は【西野聖華】として、今も上手く人生を送れている。