激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。

謝罪



ある日の出勤日。

西條産業開発株式会社の総務部に所属する私は、給与実務を担当している。


父親の会社に一般採用で【西野聖華】として入社した私。
基本は【西野聖華】だが…極々一部の人は、私が社長令嬢の【西條綾乃】であることを知っている。


「すみません…綾乃様…」


総務部のオフィス内。

デスクで仕事をしていた私の元にひっそりと近寄ってきた、受付責任者の黒木さん。
この会社に勤務してもうすぐ35年の黒木さんは、私の素性を知る極々一部に属する人だ。


「綾乃様…。受付に、藤山物産株式会社の藤山光莉様がお見えになっておられるのですが…」
「えぇ…」


…そう言えば。
結局電話もメッセージも無視をしたままだった。

今も既読も付けずに、放置している。


「黒木さん、ごめんなさい。【西條綾乃】は長期出張中ですから…」
「…それが…少し気が立っておられる様子で、どうしても会いたいと申されております」
「えぇ…」


私が【西野聖華】としてここにいる限り、【西條綾乃】が現れることは無い。


【西條綾乃】は、西條産業開発の取締役執行役員。
そんな彼女は拠点を海外に置き、長期出張を繰り返しているという”設定”にしている。


因みに光莉さんは、社内では【西條綾乃】は出張中、という設定になっていることを知っている。
それでも【西條綾乃】に会いに来たということは…冷静な状況に無いのかもしれない。


「…分かりました。会います」


気分は乗らないが…。
この状況、会わざるを得ない…。



【西野聖華】と書かれた社員証を首から下げたまま…渋々受付に向かった。





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