激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。
本業
数日後、東郷さんが出勤しているタイミングを狙って、再びバーに向かった。
カラン…
「いらっしゃい…あら、聖華ちゃん」
「…西野さん、いらっしゃいませ…」
静かな店内。
今日はスーツを着た紳士が1人、角でお酒を嗜んでいた。
「…西野さん、報告も無くお休みをしてしまい、申し訳ございませんでした…」
「あ、いえ…」
いつもと同じ、マスターの真ん前に座る。
東郷さんは謝罪をしながら頭を下げていた。
「今日こそ、ご連絡先を教えて下さい」
「はい…こちらこそ…。あの、悪いと思っていませんから…頭を上げて下さい」
その言葉に東郷さんは頭を上げ、優しく微笑む。
「西野さん…今日は俺が、貴女への1杯を作らせて頂きます」
「…はい、お願いします…」
マスターは角に居るスーツの紳士の元へ行き、注文を聞いていた。
静かに流れる空気…。
私の意識は自然と東郷さんの方に向き、自ずと心拍数を上げる。
切れ長で凛々しい瞳に、吸い込まれていきそうな感覚を覚えた。
「…西野さん、お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
私の前に差し出される、橙黄色のお酒。
グラスの縁に刺さっているオレンジが可愛くて、思わず見入ってしまう。
「こちらは、サイドカーでございます。ブランデーの香りと、柑橘類の酸味が合わさる様をお楽しみ下さい」
少しだけ頬を染めた、東郷さん。
醸し出される色気が強くて…つい視線を逸らしてしまう。
「…因みに、聖華ちゃん。そちらのカクテル言葉は…『いつもふたりで』だよ…」
「…………マスター、言わないで下さい」
マスターの一言に、更に頬の赤みが増した東郷さん。
何だか私自身も、頬が熱くなっていく感覚がした。
目の前に置かれたグラスを手に取り、少し口に含む。
東郷さんの言う通り、鼻に抜けるブランデーの香りと…柑橘類の仄かな酸味、そして爽やかさ…。
「…東郷さん、美味しいです」
マスターの作るお酒に負けないくらい、美味しかった。