激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。
素性
ある日の深夜…。
いつものようにバーで東郷さんの勤務が終わるのを待った。
今日は、私の素性を東郷さんにお話をする日。
それはもう…緊張をしていた。
「西野さん、お待たせしました」
「…東郷さん、お疲れ様でした」
手を繋いでバーを後にする。
今日は最初に大事なお話をしたいと、東郷さんには伝えていた。
2人で海の方に向かって歩き、誰もいない堤防に腰を掛ける…。
「海の音…良いですね」
「…はい。何だか…心が安らぐ感じがします」
少し欠けた月が海と私たちを照らす。
東郷さんは…何だか消えてしまいそうなくらい…儚く見えた。
「…東郷さん。まずは、謝罪をさせて下さい」
「なんでしょうか」
きちんと話す決意をしたはずなのに。
いざ、話すとなると…言葉が喉に引っかかって出てこない。
「……私、西野聖華と名乗っていますが…。本名は、西條綾乃と言います。隠していて、申し訳ございませんでした」
一息でそう言い切る。
…ドキドキする。
心拍数が上がり、東郷さんの方を見られない…。
嘘をついていたから、怒られるかと思った。
けれど、予想に反して東郷さんは………微笑んでいた。
「知っています。西條さん」
「え?」
「この前、『俺に隠していることを明かしてくれた時、自ずと俺のことも分かる』と言ったでしょう。…こういうことです。【西野さん】が【西條さん】のことを白状してくれた時、俺も自分のことを白状することができます」
「……」
東郷さんの言っている意味が分からなかった。
その言葉を何度も頭でリピートする。
しかし…やっぱり意味が分からない。
「俺も白状します。東郷和孝、本名です。本業は…高校教師。ただ、教師としての俺の名前は…【東城和孝】。…聞き覚え、ありませんか。【西條綾乃】さん」
「東城…和孝…」
その名前に…昔の記憶が蘇る感覚がする————。