激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。
「次は、高校教師についてお話しますね。 西條さんも同じかもしれませんが、俺は…大企業の息子であることが嫌でした。常に色眼鏡で見られて、寄ってきた女性はみんな家目的。…当時高校生だった俺は、教師になることを夢見ていました。だから…自分の素性を隠して、教師として働きたい。そう、強く思うようになったのです」
情報が整理できない私は、呆然と東郷さんを眺める。
そんな東郷さんは、ずっと海を眺めていた。
その目の先に映っているのは海では無く…昔の記憶なのだろう…。
「当然親は反対し、後継ぎとしてちゃんと働くよう言われました。でも、嫌なものは嫌ですから。押し切りました」
「…親に反抗したの、その時が初めてだったんですよね。だから最終的に、親も俺の本気を受け取ってくれました。…ただ、教師になるのは良いけれど、役員として会社には所属するようにと言われました。意味が無い、と思いましたが…そこはもう…諦めましたね」
給与担当の私の頭には、労働基準法違反…という言葉が思い浮かぶ。
しかしそうか。
役員は労働者ではないから、法律違反にはならないのか。
「そんな経緯もあり、大学を卒業して就職する時に『高校教師の【東城和孝】』と『東洋商事株式会社の取締役役員【東郷和孝】』の2人が生まれたわけです」
「…そうですか…」
情報は…まだ上手く整理できない。
けれど、東郷さんの話には物凄く同感できた。
私も似たような人生を送って来た。
名前を隠し、別の人として生きる人生。
光莉さんや鷹宮さんには…一生理解できない。
経験した人にしか分からない…この心情。
「…ということは、東郷さんが勤務していた高校に偶然入学してきた…私。私の素性は杉原さんによって暴かれており…それで担任になったのを機に答え合わせも兼ねて…私のことを【西條綾乃】と呼んだのですか」
「…そういうことになりますね」
ずっと海に向けていた視線。
東郷さんは、ここでやっと…私の目を見た。
…やっぱり見た目は、【東郷さん】と微かに残っている記憶の【東城先生】は結びつかない…。