『悪役令嬢』は始めません!
「……なるほど。温度と光量の調節、水と肥料の供給も自動で行う温室か。確かに冷暖房設備が比較的安価に手に入るようになった今なら、商品化も可能かもしれない。ひとまず小さな硝子ケースで試作品を作ってみよう。――シア、これは一式僕がもらっても?」
一通り読み終えたらしいレンさんが、ちらりとこちらを見てくる。私はそれに「はい」と頷いてみせた。
レンさんが書類の一枚を、テーブルの上に置く。レンさんに渡した書類のうち一枚は、白紙を入れていた。その意味をレンさんはちゃんとわかって、私に許可を取ってくれたのだ。
レンさんが、懐から取り出した万年筆で文字を書いて行く。読みながら纏めた考えをメモしているのだろう。
(確か万年筆はまだ高価なのよね)
使い慣れた様子でペンを動かすレンさんの手を見ながら、ふっとそんなことを思う。
以前、私も万年筆が欲しくて値段を調べたことがあった。しかし、貴族でも普段使いするには躊躇うような高級品だったと記憶している。
(誰かからのプレゼントだったりして……)
勿論、レンさんのように商売をやっている平民の方が貴族より金持ちという事例も珍しくない。けれどレンさんが荒稼ぎしている姿というのがどうにも想像できなくて、私は一人勝手にモヤッとしてしまった。
「シアは野菜の栽培だけを想定しているみたいだけど、これは薬草栽培において画期的だよ。極力人の手を加えないことで、一律の育ち方が期待できる。効能が安定するのは、野菜より薬草の方が重要だ」
レンさんが楽しげに言いながら、簡単な絵を描いて行く。いつも設計図を書いているせいか、とても上手だ。私が描いた簡単な絵が、たちまちに『完成予想図』へとグレードアップされて行く。
自分の頭の中にある絵が他人の手で形になるという不思議に、目を奪われた。それも大好きな彼の手でそうなって行くのだから、目が離せない。
何だか通じ合えているように思えて、私のモヤモヤは現金にも晴れてしまった。
メモを書き終えたのか、レンさんが書類をすべてテーブルに置いて顔を上げる。
「ああ、試作品はちゃんとシアが好きな苺でやるよ。この企画書のモデル通りにね」
「……あっ」
レンさんに悪戯っぽい笑い方をされ、その意味を遅れて理解した私は思わず声を上げた。そうなったのは、私自身気付いていなかった箇所を指摘されたからだ。
私はレンさんのために役立てそうなことは何だろうと考えて、彼のために企画を起こしたつもりだった。しかしその実体は――私がいつでも苺を食べたいだけだった⁉
「いえ、その……苺じゃなくても、それこそレンさんのいう薬草で試してもらえれば……」
だってそうでなければ、昔父に水道をおねだりしたのと変わらない。結果的に多くの人に役立ったとはいえ、元は私の私欲。あれには世のため人のためなんて気持ち、欠片もなかった。
(って、これもレンさんに褒められたい私欲じゃない?)
はたと思い、愕然とする。
自分のためにいつでも苺が食べられる施設を提案し、あげくその企画書を褒めて欲しいと思っている私。こ、これは痛い。痛すぎる……!
襲い掛かる羞恥心に、私は縮こまった。テーブルの上に置いた両手も、キュッと握り込む。
しかし逃げ腰でそうなった手にレンさんの両手が重ねられ、私はつい「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。
一通り読み終えたらしいレンさんが、ちらりとこちらを見てくる。私はそれに「はい」と頷いてみせた。
レンさんが書類の一枚を、テーブルの上に置く。レンさんに渡した書類のうち一枚は、白紙を入れていた。その意味をレンさんはちゃんとわかって、私に許可を取ってくれたのだ。
レンさんが、懐から取り出した万年筆で文字を書いて行く。読みながら纏めた考えをメモしているのだろう。
(確か万年筆はまだ高価なのよね)
使い慣れた様子でペンを動かすレンさんの手を見ながら、ふっとそんなことを思う。
以前、私も万年筆が欲しくて値段を調べたことがあった。しかし、貴族でも普段使いするには躊躇うような高級品だったと記憶している。
(誰かからのプレゼントだったりして……)
勿論、レンさんのように商売をやっている平民の方が貴族より金持ちという事例も珍しくない。けれどレンさんが荒稼ぎしている姿というのがどうにも想像できなくて、私は一人勝手にモヤッとしてしまった。
「シアは野菜の栽培だけを想定しているみたいだけど、これは薬草栽培において画期的だよ。極力人の手を加えないことで、一律の育ち方が期待できる。効能が安定するのは、野菜より薬草の方が重要だ」
レンさんが楽しげに言いながら、簡単な絵を描いて行く。いつも設計図を書いているせいか、とても上手だ。私が描いた簡単な絵が、たちまちに『完成予想図』へとグレードアップされて行く。
自分の頭の中にある絵が他人の手で形になるという不思議に、目を奪われた。それも大好きな彼の手でそうなって行くのだから、目が離せない。
何だか通じ合えているように思えて、私のモヤモヤは現金にも晴れてしまった。
メモを書き終えたのか、レンさんが書類をすべてテーブルに置いて顔を上げる。
「ああ、試作品はちゃんとシアが好きな苺でやるよ。この企画書のモデル通りにね」
「……あっ」
レンさんに悪戯っぽい笑い方をされ、その意味を遅れて理解した私は思わず声を上げた。そうなったのは、私自身気付いていなかった箇所を指摘されたからだ。
私はレンさんのために役立てそうなことは何だろうと考えて、彼のために企画を起こしたつもりだった。しかしその実体は――私がいつでも苺を食べたいだけだった⁉
「いえ、その……苺じゃなくても、それこそレンさんのいう薬草で試してもらえれば……」
だってそうでなければ、昔父に水道をおねだりしたのと変わらない。結果的に多くの人に役立ったとはいえ、元は私の私欲。あれには世のため人のためなんて気持ち、欠片もなかった。
(って、これもレンさんに褒められたい私欲じゃない?)
はたと思い、愕然とする。
自分のためにいつでも苺が食べられる施設を提案し、あげくその企画書を褒めて欲しいと思っている私。こ、これは痛い。痛すぎる……!
襲い掛かる羞恥心に、私は縮こまった。テーブルの上に置いた両手も、キュッと握り込む。
しかし逃げ腰でそうなった手にレンさんの両手が重ねられ、私はつい「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。