『悪役令嬢』は始めません!
「僕のためにというその気持ちは嬉しいけれど……聞いて、シア」
瞼まで閉じかけたところ、レンさんに阻止される。おでこをコツンという方法で。
好きな人にこんなことをされた日には開眼する。瞼を閉じられるはずがない。
思いがけずに来た真剣そのものの声色もまた、私の意識を否応なく彼へと向けさせた。
「少なくとも僕が知る限りでは、『どうなれば自分は幸せか』について考える人はそれなりにいても、『どうすれば自分は幸せになれるか』について考える人はそう多くない。でもシアは、それを次々に思い付く。僕はそんな君を尊敬してる」
「そ、尊敬……」
レンさんの口から飛び出した思いも寄らない単語に、私の口は反射的にそれを繰り返していた。
(この国では斬新なアイディアが役立つからじゃなくて?)
惚ける頭でそう思って。直後、まるでこちらの心を読んだかのようなタイミングで、レンさんの「そうだよ」という言葉が耳に届く。
「ほら、金持ちになれたらやりたいことを話す人はいても、金持ちになるためにやりたいことを語る人はほとんど見ないだろう? ましてやその夢を誰かに言葉にして伝えられるほど、はっきりと思い描ける人は稀なんだ。だから僕はそれができる君のように在りたいと、いつも思ってる。同時に――そんな君が好きだとも」
「……っ」
直接的な『好き』という言葉に、私は息を呑んだ。
そのまま正しい呼吸の仕方がわからなくなってしまい、浅くなった私の息にレンさん息が重なる。
「シア、緊張してる?」
「そそそ、そうですね」
「このままキスができてしまいそうな距離だから?」
「キキキ……キス、キっ」
キス、キスって。いやその前に吐息、レンさんの吐息が。孕む。本気で耳から孕む……!
レンさんの手の温度、触れた額の感覚。そして蠱惑的なこの声に、今にもどろどろに溶けてしまいそう……。ここが天国か。
(あああ……嬉しいけれど、心臓が。心臓がバクバクし過ぎてそろそろ物理的に天国に召されてしまいそう――あっ)
一瞬、輝く天の扉が見えかけたところで、それはフッと消え去った。そしてその理由はすぐにわかった。気付けばレンさんの手や額が離れて、彼は元の向かい合う位置に戻っていた。
非常に名残惜しくはあるが、助かったと言える。あのままでいては何かが色々と限界突破して、きっと奇声を発していた。
(今、絶対顔が赤くなってる。私だけ翻弄されて狡い)
そんな少し恨みがましい気持ちでレンさんを見る。
思った通り彼はにこにこ顔をしていて――してはいたが、突如としてそれが崩れた。
「……参った。シアは本当に僕が好きなんだね」
口元に手を当てながら言ったレンさんを、思わずまじまじと見てしまう。
私から目を逸らした彼は、予想に反して片手では到底隠しきれないほどに顔を赤くしていた。
まさかレンさんが……照れている?
「いや、その。こうやって実際に僕とくっついたりしたら、君の想像と違ってしまうかと思ってたんだよ。僕はかなり年上なわけだし」
焦っているのか早口で話す彼というのも、初めて目にした。
珍しいその様子に今度はぽやっと見つめかけ、しかしそこで私はハッとなった。
(参ったって、もしかして私が本当に好きだと都合が悪かったんじゃ……?)
レンさんは私の告白を、一時的な熱と思っていたのかもしれない。恋に恋する少女のままごとだと。だから、一回目のデートで目を覚ませばそれでよし、長くても一ヶ月なら構わないだろうと考えていたのかも。
「あのっ、私が本気でもレンさんにまで強制はしませんからっ」
慌てて先手を打つ。
「それでも迷惑……でしょうか?」
それから私は、おずおずと聞いてみた。
このまま『秘密の恋人』を続行したいのだと、意思を伝える視線を彼に送る。それを感じ取ってくれたのか、ようやくレンさんは私を見てくれた。
「そんな顔をさせてしまって、ごめん。それから、誤解もさせてしまったみたいだ。シアの気持ちを迷惑だなんて、絶対に思わないよ」
「良かった……」
レンさんの返答に、私はホッと胸を撫で下ろした。
あんなに頑張って告白したもの。「参った」というのが単なる言葉の綾で本当に良か――
「君が可愛くて降参だと、言いたかったんだ」
「へぁっ⁉」
しまった、奇声が。折角さっきは未遂だったのに。
だって綾の意味合いを堂々と解説しちゃう? しかも訳がそれ?
私も参りました。訳は「あなたの何もかもが心臓に悪くて」です。
ぷしゅぅ
私の魂が抜ける音が、聞こえた気がした。
瞼まで閉じかけたところ、レンさんに阻止される。おでこをコツンという方法で。
好きな人にこんなことをされた日には開眼する。瞼を閉じられるはずがない。
思いがけずに来た真剣そのものの声色もまた、私の意識を否応なく彼へと向けさせた。
「少なくとも僕が知る限りでは、『どうなれば自分は幸せか』について考える人はそれなりにいても、『どうすれば自分は幸せになれるか』について考える人はそう多くない。でもシアは、それを次々に思い付く。僕はそんな君を尊敬してる」
「そ、尊敬……」
レンさんの口から飛び出した思いも寄らない単語に、私の口は反射的にそれを繰り返していた。
(この国では斬新なアイディアが役立つからじゃなくて?)
惚ける頭でそう思って。直後、まるでこちらの心を読んだかのようなタイミングで、レンさんの「そうだよ」という言葉が耳に届く。
「ほら、金持ちになれたらやりたいことを話す人はいても、金持ちになるためにやりたいことを語る人はほとんど見ないだろう? ましてやその夢を誰かに言葉にして伝えられるほど、はっきりと思い描ける人は稀なんだ。だから僕はそれができる君のように在りたいと、いつも思ってる。同時に――そんな君が好きだとも」
「……っ」
直接的な『好き』という言葉に、私は息を呑んだ。
そのまま正しい呼吸の仕方がわからなくなってしまい、浅くなった私の息にレンさん息が重なる。
「シア、緊張してる?」
「そそそ、そうですね」
「このままキスができてしまいそうな距離だから?」
「キキキ……キス、キっ」
キス、キスって。いやその前に吐息、レンさんの吐息が。孕む。本気で耳から孕む……!
レンさんの手の温度、触れた額の感覚。そして蠱惑的なこの声に、今にもどろどろに溶けてしまいそう……。ここが天国か。
(あああ……嬉しいけれど、心臓が。心臓がバクバクし過ぎてそろそろ物理的に天国に召されてしまいそう――あっ)
一瞬、輝く天の扉が見えかけたところで、それはフッと消え去った。そしてその理由はすぐにわかった。気付けばレンさんの手や額が離れて、彼は元の向かい合う位置に戻っていた。
非常に名残惜しくはあるが、助かったと言える。あのままでいては何かが色々と限界突破して、きっと奇声を発していた。
(今、絶対顔が赤くなってる。私だけ翻弄されて狡い)
そんな少し恨みがましい気持ちでレンさんを見る。
思った通り彼はにこにこ顔をしていて――してはいたが、突如としてそれが崩れた。
「……参った。シアは本当に僕が好きなんだね」
口元に手を当てながら言ったレンさんを、思わずまじまじと見てしまう。
私から目を逸らした彼は、予想に反して片手では到底隠しきれないほどに顔を赤くしていた。
まさかレンさんが……照れている?
「いや、その。こうやって実際に僕とくっついたりしたら、君の想像と違ってしまうかと思ってたんだよ。僕はかなり年上なわけだし」
焦っているのか早口で話す彼というのも、初めて目にした。
珍しいその様子に今度はぽやっと見つめかけ、しかしそこで私はハッとなった。
(参ったって、もしかして私が本当に好きだと都合が悪かったんじゃ……?)
レンさんは私の告白を、一時的な熱と思っていたのかもしれない。恋に恋する少女のままごとだと。だから、一回目のデートで目を覚ませばそれでよし、長くても一ヶ月なら構わないだろうと考えていたのかも。
「あのっ、私が本気でもレンさんにまで強制はしませんからっ」
慌てて先手を打つ。
「それでも迷惑……でしょうか?」
それから私は、おずおずと聞いてみた。
このまま『秘密の恋人』を続行したいのだと、意思を伝える視線を彼に送る。それを感じ取ってくれたのか、ようやくレンさんは私を見てくれた。
「そんな顔をさせてしまって、ごめん。それから、誤解もさせてしまったみたいだ。シアの気持ちを迷惑だなんて、絶対に思わないよ」
「良かった……」
レンさんの返答に、私はホッと胸を撫で下ろした。
あんなに頑張って告白したもの。「参った」というのが単なる言葉の綾で本当に良か――
「君が可愛くて降参だと、言いたかったんだ」
「へぁっ⁉」
しまった、奇声が。折角さっきは未遂だったのに。
だって綾の意味合いを堂々と解説しちゃう? しかも訳がそれ?
私も参りました。訳は「あなたの何もかもが心臓に悪くて」です。
ぷしゅぅ
私の魂が抜ける音が、聞こえた気がした。