『悪役令嬢』は始めません!
「少し風が出て来ましたね。そろそろガゼボまで戻りましょうか?」
セレナがそう切り出した声に、私はハッと現在へと注意を戻した。
風が吹く度に、皆の日傘がぐらぐらと揺れる。花の観賞もだろうが特注の日傘自慢も充分にできたと見て、二人の令嬢はすぐに同意した。
私も勿論賛成し、方向転換する。
「あっ」
と、そこへ一際強い風が吹いた。
その風に攫われてしまった私の日傘が、遠くへ飛んで行く。
両手でしっかり持てばよかったところを、つい片手でうなじを押さえてしまったのが原因だ。その理由は……言わずもがな。
「どうしましょう、シアの日傘が隣のお邸に――あっ、あそこに人がいらっしゃるわ」
私より先に落ちた日傘を見つけたらしいセレナが、言いながら敷地の境にある柵へと駆け寄る。それから彼女は、「もし、そこの御方」と隣の住人へと声を掛けた。
私もセレナの側へと寄って。すると丁度、声を掛けられた青年が日傘の存在に気付き拾ってくれたところだった。
日傘を手に、青年がこちらへと向かってくる。
日傘の落とし主は私。よって、彼に御礼を述べて受け取るのも私――になるのだが、彼がこちらへ着いた途端、私は思わず半歩後退ってしまった。
(待って。ねぇ、待ってこの人……)
すらりとした体躯。新雪の如く白い肌。最高級の金糸のような髪に、これまた最高級のエメラルドのような瞳。そしてその装いは、タイトルを付けるなら『上級貴族の束の間の休息』。装飾のないすっきりとした軽装のはずが、却って彼自身の気品を前面に押し出している。
そこに立っていたのは、これまでの人生で見たことのないレベルの美男子だった。
そう、これまでの人生で見たことのない。だがしかし、それなのに私は彼が誰だか知っている気がした。嫌な予感がしたともいう。
(これは逃げるべき? 今ならまだセーフ?)
それにしても眩い。堪らなく眩い。
イケメンといえばキラキラした描写が付きものだけれど、本当の本当にキラキラしている。あれは決して誇張ではなかったのだ……。
顔に手を翳したい私の隣で、伯爵令嬢二人は無意識にか手を取り合っていた。……わかる。
なんて、私がわかりみに浸っているうちに――
「あのっ、私はメイカ・オルウッドと申します。その、お名前を伺っても?」
何と挑戦者なオルウッド伯爵令嬢が、果敢にも彼に名前を尋ねてしまっていた。
いきなりそんなことをすれば、不躾だと怒られたとしても仕方がない。そうであるのに、目の前の青年はまったく気を悪くした素振りなど見せず。
それどころか、彼は私たちにふわりと柔らかな微笑みさえみせた。
セレナがそう切り出した声に、私はハッと現在へと注意を戻した。
風が吹く度に、皆の日傘がぐらぐらと揺れる。花の観賞もだろうが特注の日傘自慢も充分にできたと見て、二人の令嬢はすぐに同意した。
私も勿論賛成し、方向転換する。
「あっ」
と、そこへ一際強い風が吹いた。
その風に攫われてしまった私の日傘が、遠くへ飛んで行く。
両手でしっかり持てばよかったところを、つい片手でうなじを押さえてしまったのが原因だ。その理由は……言わずもがな。
「どうしましょう、シアの日傘が隣のお邸に――あっ、あそこに人がいらっしゃるわ」
私より先に落ちた日傘を見つけたらしいセレナが、言いながら敷地の境にある柵へと駆け寄る。それから彼女は、「もし、そこの御方」と隣の住人へと声を掛けた。
私もセレナの側へと寄って。すると丁度、声を掛けられた青年が日傘の存在に気付き拾ってくれたところだった。
日傘を手に、青年がこちらへと向かってくる。
日傘の落とし主は私。よって、彼に御礼を述べて受け取るのも私――になるのだが、彼がこちらへ着いた途端、私は思わず半歩後退ってしまった。
(待って。ねぇ、待ってこの人……)
すらりとした体躯。新雪の如く白い肌。最高級の金糸のような髪に、これまた最高級のエメラルドのような瞳。そしてその装いは、タイトルを付けるなら『上級貴族の束の間の休息』。装飾のないすっきりとした軽装のはずが、却って彼自身の気品を前面に押し出している。
そこに立っていたのは、これまでの人生で見たことのないレベルの美男子だった。
そう、これまでの人生で見たことのない。だがしかし、それなのに私は彼が誰だか知っている気がした。嫌な予感がしたともいう。
(これは逃げるべき? 今ならまだセーフ?)
それにしても眩い。堪らなく眩い。
イケメンといえばキラキラした描写が付きものだけれど、本当の本当にキラキラしている。あれは決して誇張ではなかったのだ……。
顔に手を翳したい私の隣で、伯爵令嬢二人は無意識にか手を取り合っていた。……わかる。
なんて、私がわかりみに浸っているうちに――
「あのっ、私はメイカ・オルウッドと申します。その、お名前を伺っても?」
何と挑戦者なオルウッド伯爵令嬢が、果敢にも彼に名前を尋ねてしまっていた。
いきなりそんなことをすれば、不躾だと怒られたとしても仕方がない。そうであるのに、目の前の青年はまったく気を悪くした素振りなど見せず。
それどころか、彼は私たちにふわりと柔らかな微笑みさえみせた。