『悪役令嬢』は始めません!
「こんにちは、素敵なお嬢さん方。私はサミュエル・シグランといいます。どうぞお見知りおきを」
美青年――シグラン公爵令息が名乗るや否や、きゃあっと伯爵令嬢二人の悲鳴が上がる。
その彼女たちの隣――正しくはやや斜め後ろで私は、ぎゃあっという悲鳴を上げ――かけた。セーフ。
(ですよねー……知ってた!)
何故に出会ってしまった、シグラン公爵令息。あれほど出会っては駄目だと思っていたのに。
寧ろそれがいけなかったのか。フラグを立ててしまったのか……。
それにしたって、私の日傘が偶然風で飛んで、それが偶然隣の敷地に落ちて、それを偶然そこにいたシグラン公爵令息が拾う? いやいやいや……そうはならないでしょうよ⁉ なったけど!
理不尽さに、ついスンと真顔になってしまう。そんな私を余所に、一度会話を交わしたことで吹っ切れてしまったのかオルウッド伯爵令嬢は、私たち全員をシグラン公爵令息に紹介してしまった。シグラン公爵令息の方も律儀に「初めまして」なんてにこにこしているものだから、彼女はまだ手を取り合っているマルクト伯爵令嬢と一緒にずっと興奮MAX状態である。
(そういえばセレナは?)
私ははたともう一人の存在を思い出し、そちらに目を遣った。
私と同じく伯爵令嬢二人を苦笑いで眺めている――と思った彼女は、何とぽぅっとした顔でシグラン公爵令息を見ていた。
(そんなまさか、セレナまで胸キュンなの⁉)
だって彼女、胸の前で手を組んで彼を見つめている。ガチだ。これはガチだ。
何てこと。さすが聖女だろうが王女だろうが恋物語が始まりそうな男……侯爵令嬢なんてわけないわ。推定男主人公、恐るべし!
「あの、私の日傘です。拾って下さり、ありがとうございます」
いつまでもこうしているわけにもいかない。私は腹を決めて、一歩前へと進み出た。
その後ろでまだ伯爵令嬢二人が、「噂以上に素敵だわ」だとか「今日のことは一生の思い出になるわ」だとかを小声で話している。セレナは……まだ夢見心地のようだった。
「いいえ、どういたしまして」
シグラン公爵令息が日傘を閉じて、それを柵の隙間からスッと差し出してくれる。傘の柄の方をこちらに向けることも忘れない。さすがだ。
私が受け取ると、彼は「それでは、楽しい時間をお過ごし下さい」とまた惜しげもなくスペシャルな微笑みを見せて去って行った。
レンさん一筋な私でさえ、ほんのりぐらっと来てしまった。推定男主人公、恐るべし!(二回目)
そんな衝撃覚めやらぬ私の側――
「疾風とともに現れ、爽やかなそよ風のように帰って行かれたわ……」
いつもは澄ましているセレナが、何だか乙女チックなことを言っていた。
美青年――シグラン公爵令息が名乗るや否や、きゃあっと伯爵令嬢二人の悲鳴が上がる。
その彼女たちの隣――正しくはやや斜め後ろで私は、ぎゃあっという悲鳴を上げ――かけた。セーフ。
(ですよねー……知ってた!)
何故に出会ってしまった、シグラン公爵令息。あれほど出会っては駄目だと思っていたのに。
寧ろそれがいけなかったのか。フラグを立ててしまったのか……。
それにしたって、私の日傘が偶然風で飛んで、それが偶然隣の敷地に落ちて、それを偶然そこにいたシグラン公爵令息が拾う? いやいやいや……そうはならないでしょうよ⁉ なったけど!
理不尽さに、ついスンと真顔になってしまう。そんな私を余所に、一度会話を交わしたことで吹っ切れてしまったのかオルウッド伯爵令嬢は、私たち全員をシグラン公爵令息に紹介してしまった。シグラン公爵令息の方も律儀に「初めまして」なんてにこにこしているものだから、彼女はまだ手を取り合っているマルクト伯爵令嬢と一緒にずっと興奮MAX状態である。
(そういえばセレナは?)
私ははたともう一人の存在を思い出し、そちらに目を遣った。
私と同じく伯爵令嬢二人を苦笑いで眺めている――と思った彼女は、何とぽぅっとした顔でシグラン公爵令息を見ていた。
(そんなまさか、セレナまで胸キュンなの⁉)
だって彼女、胸の前で手を組んで彼を見つめている。ガチだ。これはガチだ。
何てこと。さすが聖女だろうが王女だろうが恋物語が始まりそうな男……侯爵令嬢なんてわけないわ。推定男主人公、恐るべし!
「あの、私の日傘です。拾って下さり、ありがとうございます」
いつまでもこうしているわけにもいかない。私は腹を決めて、一歩前へと進み出た。
その後ろでまだ伯爵令嬢二人が、「噂以上に素敵だわ」だとか「今日のことは一生の思い出になるわ」だとかを小声で話している。セレナは……まだ夢見心地のようだった。
「いいえ、どういたしまして」
シグラン公爵令息が日傘を閉じて、それを柵の隙間からスッと差し出してくれる。傘の柄の方をこちらに向けることも忘れない。さすがだ。
私が受け取ると、彼は「それでは、楽しい時間をお過ごし下さい」とまた惜しげもなくスペシャルな微笑みを見せて去って行った。
レンさん一筋な私でさえ、ほんのりぐらっと来てしまった。推定男主人公、恐るべし!(二回目)
そんな衝撃覚めやらぬ私の側――
「疾風とともに現れ、爽やかなそよ風のように帰って行かれたわ……」
いつもは澄ましているセレナが、何だか乙女チックなことを言っていた。