『悪役令嬢』は始めません!
勢いよく立ち上がった私に驚いたのか、コール子爵令嬢が口を開いたままこちらを振り返る。
「セレナは努力をして、今の評価を得たんです。口だけは達者なあなたとは違って」
「なっ」
侯爵夫妻は初めから無条件でセレナを大切にしていたけれど、六年前に初めて出会ったセレナは明らかに孤立していた。それでも敵陣ともいえるお茶会に積極的に顔を出し、そこで完璧に振る舞うことで徐々に認められていったのだ。
今や淑女の鑑と言われるセレナに対し、コール子爵令嬢はというと……貴族以前に人としてもどうなのかという傍若無人ぶり。自分を高みに上げることより、相手を下げることに注力している。セレナ並みの努力なんて、到底できるとは思えない。
そんな人がセレナを侮辱するなんて。――大人げないことの一つや二つ、したくもなるというもの。
「丁度、来月に皇太后様が開かれる『花の会』の演奏会にて、セレナがフルートで参加します。口先だけでないというのなら、そこでセレナと勝負をするというのはいかがですか?」
思惑を隠し、私は冷静を装った声でコール子爵令嬢に提案した。目は据わっているだろうが、形だけでも微笑んでおく。
「演奏会で勝負?」
私の台詞を繰り返したコール子爵令嬢が、にやりと笑う。
彼女ならば、そんな反応を示すだろうと思っていた。
「いいですね。是非、皇太后様にご覧になっていただきましょう」
そうやって、食い付いてくるだろうとも。
コール子爵令嬢が、名案だとばかりにポンと手を打つ。明らかに上機嫌になった様子から、彼女の中ではもうセレナを打ち負かしたつもりなのかもしれない。そんな悦に入った表情をしている。
身の程知らず……というわけではなかった。実は彼女、色々てんで駄目な残念令嬢ではあるが、フルートの腕前だけは一目置かれていたりする。そしてそのことを、彼女自身も知っている。
一方、セレナの腕前も悪くはないが、名手というわけでもない。真っ向勝負であれば、おそらくコール子爵令嬢に軍配が上がってしまう。……真っ向勝負であれば。
「受けて立ちます」
コール子爵令嬢に続いてセレナが答える。自身の胸に手を当て、しっかりとした声で。
それから彼女はちらりと私の方を見て、小さく頷いてみせた。さすがはセレナ、私の意図を正確に汲んでくれたようだ。
私は、すぅっと一つ、息を吸い込んだ。
「お二人どちらかが当日不参加だった場合、参加した方の不戦勝となります。よろしいですか?」
「それは勝負ですから。わかっています」
「はい。理解しております」
セレナと目と目で通じ合って、それから私は伯爵令嬢二人を振り返った。
「では、オルウッド伯爵令嬢とマルクト伯爵令嬢が証人ということで。よろしくお願いしますね」
「え、ええ……」
「はい……でも……いえ」
私に了承の意を返した伯爵令嬢二人は、揃って青い顔をしていた。それはそうだろう。フルートの名手と勝負など、普通に考えれば相手が悪い。
でも心配は要らない。この勝負、セレナが負けることは絶対にない。
「セレナは努力をして、今の評価を得たんです。口だけは達者なあなたとは違って」
「なっ」
侯爵夫妻は初めから無条件でセレナを大切にしていたけれど、六年前に初めて出会ったセレナは明らかに孤立していた。それでも敵陣ともいえるお茶会に積極的に顔を出し、そこで完璧に振る舞うことで徐々に認められていったのだ。
今や淑女の鑑と言われるセレナに対し、コール子爵令嬢はというと……貴族以前に人としてもどうなのかという傍若無人ぶり。自分を高みに上げることより、相手を下げることに注力している。セレナ並みの努力なんて、到底できるとは思えない。
そんな人がセレナを侮辱するなんて。――大人げないことの一つや二つ、したくもなるというもの。
「丁度、来月に皇太后様が開かれる『花の会』の演奏会にて、セレナがフルートで参加します。口先だけでないというのなら、そこでセレナと勝負をするというのはいかがですか?」
思惑を隠し、私は冷静を装った声でコール子爵令嬢に提案した。目は据わっているだろうが、形だけでも微笑んでおく。
「演奏会で勝負?」
私の台詞を繰り返したコール子爵令嬢が、にやりと笑う。
彼女ならば、そんな反応を示すだろうと思っていた。
「いいですね。是非、皇太后様にご覧になっていただきましょう」
そうやって、食い付いてくるだろうとも。
コール子爵令嬢が、名案だとばかりにポンと手を打つ。明らかに上機嫌になった様子から、彼女の中ではもうセレナを打ち負かしたつもりなのかもしれない。そんな悦に入った表情をしている。
身の程知らず……というわけではなかった。実は彼女、色々てんで駄目な残念令嬢ではあるが、フルートの腕前だけは一目置かれていたりする。そしてそのことを、彼女自身も知っている。
一方、セレナの腕前も悪くはないが、名手というわけでもない。真っ向勝負であれば、おそらくコール子爵令嬢に軍配が上がってしまう。……真っ向勝負であれば。
「受けて立ちます」
コール子爵令嬢に続いてセレナが答える。自身の胸に手を当て、しっかりとした声で。
それから彼女はちらりと私の方を見て、小さく頷いてみせた。さすがはセレナ、私の意図を正確に汲んでくれたようだ。
私は、すぅっと一つ、息を吸い込んだ。
「お二人どちらかが当日不参加だった場合、参加した方の不戦勝となります。よろしいですか?」
「それは勝負ですから。わかっています」
「はい。理解しております」
セレナと目と目で通じ合って、それから私は伯爵令嬢二人を振り返った。
「では、オルウッド伯爵令嬢とマルクト伯爵令嬢が証人ということで。よろしくお願いしますね」
「え、ええ……」
「はい……でも……いえ」
私に了承の意を返した伯爵令嬢二人は、揃って青い顔をしていた。それはそうだろう。フルートの名手と勝負など、普通に考えれば相手が悪い。
でも心配は要らない。この勝負、セレナが負けることは絶対にない。