『悪役令嬢』は始めません!
「格式を重んじる『花の会』への出席は、大変な名誉。毎年、招待を受けたほとんどの方が出席なさるとか。演奏会で注目を集めたなら、多くの上級貴族の方との繋がりを得られるかもしれませんね。それに、過去には皇太后様から直接お言葉をいただいた方もいらっしゃいました。その方は褒美として、何と一等地のお屋敷を(たまわ)ったそうですよ」

 私は『花の会』について、詳細を知らないだろうコール子爵令嬢に説明した。……という(てい)で、彼女を(あお)った。
 そのコール子爵令嬢はというと――笑いが止まらないというように、口元を(ゆる)めていた。
 そんな様子からいって、彼女の頭の中では『身分の高い方にこぞってちやほやされている私』という構図が出来上がっているものと推測される。

(呑気なものね。格式を重んじる会だと言っているのに)

 出席できるだけでも名誉な会。会場からして、王宮の庭。そのような場に、一体彼女は()()()()()()()()()()()()なのか。
 頭がお花畑過ぎて思い至れないのか、それともわかっていてスレイン王子の手引きで潜り込もうという魂胆か。はたまた今日のように、大胆にも忍び込むつもりか。

(でも残念でした。演奏会に関しては、それは通用しないのよ)

 コール子爵令嬢は、完全に私たちの罠に(はま)まった。そのことに少し胸が空く。
 では仕上げと行きましょうか。私は、さも補足事項だと言うように「そうそう」と軽い口調で付け加えた。

「こちらもご存知ではないかもしれませんので、お教えしますね。奏者は事前登録が必要なんです。係の者に()()()()()()して、今月末までにご登録下さい」
「……え?」

 ここに来て、ようやくコール子爵令嬢の顔から余裕の笑みが消える。

「貴族の中でも選ばれた者のみが招待状をいただける(そう)(ごん)な会ではありますが、コール子爵令嬢であれば何も問題ないでしょう。次期王妃というお話ですから」
「え、でもそう言ってもまだ――」
「あら、今更隠さなくともよいではありませんか。すぐにでも準備が整うと公言するくらいです。私たちが存じ上げなかっただけで、水面下ではほぼ処遇がお決まりなのでしょう? それならきっと今月末には間に合います。――セレナの不戦勝にはなりませんわ」
「! アデリシア様、あなた……っ」

 顔色を変えたコール子爵令嬢が、声を張り上げる。

「きゃっ、何っ?」

 次に片手も振り上げた彼女だったが、それが私に振り下ろされることはなかった。
 どころか、背後に立つ人物によって彼女が振り上げた以上に引き上げられていた。

「侵入者です。衛兵に突き出して」
「はっ」

 セレナが通る声で、逞しい感じの使用人男性に命令を下す。

「離してっ、私は次期王妃なのよっ」

 私を叩くつもりだったろう手をガッチリと掴まれ、逃れようとコール子爵令嬢がもがく。それをまるで等身大パネルでも片付けるかのように、楽々と引き()って行くガチムチ使用人。
 おいたが過ぎたキャラがしょっ引かれるという展開は、漫画や小説ではよくある。が、こうして実際に目にすると――ドン引きですわ、これは。

「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないよう今日の一件は、速やかに父に報告いたしますので」

 コール子爵令嬢が見えなくなったところで、セレナが私たちに謝罪する。一番の被害者はセレナだろうに。

「それから、シア。機転を利かせてくれて、ありがとう」
「本当、先程は驚きました。一時はどうなるかと思いましたわ」
「私も。まさかアデリシア様にあのようなお考えがあったとは」

 セレナが私に礼を述べ、それに伯爵令嬢二人が頷き合う。

「実はセレナをだしにして、私が報復しただけよ」
「あら。だしにされてしまったのね、私」

 私の軽口にセレナが乗ってくる。そしてお互い笑い合って。
 笑い合って――はたと気付いた。

(これ、もしかしてセレナが私の『悪役令嬢』に巻き込まれた……?)

 セレナをだしにという冗談が、実はまさかの本質なのでは。
 コール子爵令嬢のあの逆ギレぶり。この後、私が彼女を(いじ)めたとスレイン王子の耳に入って……からの、卒業パーティーで断罪イベント発生。……有り得る。何その見覚えがあり過ぎる一幕……。
 うわぁ……来てるよー、グイグイ悪役令嬢のストーリーが来てるよ-。
 私は「無断出演させて、ごめん!」と、心の中でセレナに手を合わせた。
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