『悪役令嬢』は始めません!
「別の男性を匂わすのは、良い作戦じゃないかしら。それならさすがに止めを刺せると思うわ」
端から聞くと物騒な台詞を口にしたセレナに、私は「ああ……あれね」と苦笑いを返した。
先日、私がセレナのお茶会で期待したのは、伯爵令嬢二人に噂を広めてもらうことだった。
私が婚約破棄について、せいせいしているようだというのが一つ目。二つ目は、そう思えるほどスレイン王子が残念な男であるというもの。
あの二人なら、後者については特に熱心に言いふらしたのではないだろうか。
あのお茶会にて、私の機嫌を取るために二人はスレイン王子を悪し様に言った。本気で思ってもいただろうが、そこには後ろ暗い気持ちは少なからずあったはず。よって、スレイン王子は悪く言われて当然なのだと、彼女たちは自分たちを正当化しにかかったはずだ。赤信号、皆で渡れば怖くない……的に、同志を増やそうと。
実際、その効果は見られた。
明確に誰とは言わない噂であるのに、「税金を使い込んでしまうほど、女に入れ込んでいる男」と聞けばスレイン王子を指すのは既に貴族間で共通意識となっているようだ。
これなら断罪イベントが入っても、私が一方的に不利という状況にはならないだろう。最近開いた慈善パーティーだって好評だったし、そういう地道な努力が実を結ぶと信じたい。
『花の会』の演奏会に関しては、伯爵令嬢二人に周りには話さないよう言っておいた。あれはコール子爵令嬢本人にだけ、やきもきさせればいい。それに明らかに勝負にならない勝負を持ち掛けたとなると、却ってセレナの評判が落ちかねない。
と、まあ概ね順調と言えるのだが……セレナが危惧するように王都には現在、それとは別の噂も出回っていた。私たちが流した噂よりは格段に規模が小さい。が、広まっているのが上級貴族間ということで無視できない。
その噂とは、「実はノイン侯爵令嬢はスレイン王子を愛しているため身を引いた」という根の葉もないもの。本当、根も葉もないが……悪役令嬢のテンプレ展開かつ、犯人の狙いがわかる故に、私は頭を悩ませていた。
「止めを刺せることを心から願うわ。でなければきっと、あの令嬢は私を側妃にと言い出すわよ。どう考えても国事をこなせるとは思えないもの、彼女」
「あれだけ遣り合った相手にそんな話を切り出せる豪胆さは、貴族として見習うべきかしら」
「止めて。そんな人間が跋扈する国になんて住みたくない」
「それは私も住みたくないから、そうね。止めておくわ」
セレナと笑い合って、ではそろそろ帰ろうかと一緒に店を出る。
――そこで、事件は起こった。
いや、正確には事件ではないのだが。私にとっては……事件だった。
「あれは……シグラン公爵家の馬車ね」
思わず固まってしまった私に代わり、セレナがフラグとしか思えない台詞を言ってしまう。
そう。私たちの目と鼻の先で、シグラン公爵家の紋章が付いた馬車が停止していた。
その上――
「あの様子から行って、車輪の調子が悪くなってしまったのかしら?」
そんなベタな展開になっていた。
停止した馬車の側、御者に状況を尋ねているらしいシグラン公爵令息の姿。
と、来ればやはり――
「あら、こちらに来られるわ」
驚いた声を上げたセレナの横、私はまったく驚きなどなかった。
(ですよねー……)
私たちの前まで来たシグラン公爵令息が、「こんにちは」と挨拶をしてくる。
突然のことに戸惑った様子ながらも挨拶を返したセレナに続いて、私も彼に「こんにちは」と挨拶をした。
端から聞くと物騒な台詞を口にしたセレナに、私は「ああ……あれね」と苦笑いを返した。
先日、私がセレナのお茶会で期待したのは、伯爵令嬢二人に噂を広めてもらうことだった。
私が婚約破棄について、せいせいしているようだというのが一つ目。二つ目は、そう思えるほどスレイン王子が残念な男であるというもの。
あの二人なら、後者については特に熱心に言いふらしたのではないだろうか。
あのお茶会にて、私の機嫌を取るために二人はスレイン王子を悪し様に言った。本気で思ってもいただろうが、そこには後ろ暗い気持ちは少なからずあったはず。よって、スレイン王子は悪く言われて当然なのだと、彼女たちは自分たちを正当化しにかかったはずだ。赤信号、皆で渡れば怖くない……的に、同志を増やそうと。
実際、その効果は見られた。
明確に誰とは言わない噂であるのに、「税金を使い込んでしまうほど、女に入れ込んでいる男」と聞けばスレイン王子を指すのは既に貴族間で共通意識となっているようだ。
これなら断罪イベントが入っても、私が一方的に不利という状況にはならないだろう。最近開いた慈善パーティーだって好評だったし、そういう地道な努力が実を結ぶと信じたい。
『花の会』の演奏会に関しては、伯爵令嬢二人に周りには話さないよう言っておいた。あれはコール子爵令嬢本人にだけ、やきもきさせればいい。それに明らかに勝負にならない勝負を持ち掛けたとなると、却ってセレナの評判が落ちかねない。
と、まあ概ね順調と言えるのだが……セレナが危惧するように王都には現在、それとは別の噂も出回っていた。私たちが流した噂よりは格段に規模が小さい。が、広まっているのが上級貴族間ということで無視できない。
その噂とは、「実はノイン侯爵令嬢はスレイン王子を愛しているため身を引いた」という根の葉もないもの。本当、根も葉もないが……悪役令嬢のテンプレ展開かつ、犯人の狙いがわかる故に、私は頭を悩ませていた。
「止めを刺せることを心から願うわ。でなければきっと、あの令嬢は私を側妃にと言い出すわよ。どう考えても国事をこなせるとは思えないもの、彼女」
「あれだけ遣り合った相手にそんな話を切り出せる豪胆さは、貴族として見習うべきかしら」
「止めて。そんな人間が跋扈する国になんて住みたくない」
「それは私も住みたくないから、そうね。止めておくわ」
セレナと笑い合って、ではそろそろ帰ろうかと一緒に店を出る。
――そこで、事件は起こった。
いや、正確には事件ではないのだが。私にとっては……事件だった。
「あれは……シグラン公爵家の馬車ね」
思わず固まってしまった私に代わり、セレナがフラグとしか思えない台詞を言ってしまう。
そう。私たちの目と鼻の先で、シグラン公爵家の紋章が付いた馬車が停止していた。
その上――
「あの様子から行って、車輪の調子が悪くなってしまったのかしら?」
そんなベタな展開になっていた。
停止した馬車の側、御者に状況を尋ねているらしいシグラン公爵令息の姿。
と、来ればやはり――
「あら、こちらに来られるわ」
驚いた声を上げたセレナの横、私はまったく驚きなどなかった。
(ですよねー……)
私たちの前まで来たシグラン公爵令息が、「こんにちは」と挨拶をしてくる。
突然のことに戸惑った様子ながらも挨拶を返したセレナに続いて、私も彼に「こんにちは」と挨拶をした。