『悪役令嬢』は始めません!
「昨日の件については結果的にそうなってしまっただけです。シグラン公爵令息の目当てはラッセ侯爵家の馬車だったんですが、昨日ラッセ侯爵令嬢はうちの馬車で一緒に買い物に来ていたもので」
私はレンさんにそう説明し、「私と彼女は彼と向かい合って乗りました」と付け加えた。
言われてみれば、真向かいに座ったセレナはキュン死にしていた。確かにシグラン公爵令息によって、密室殺人事件は起こっていた。これは一報が入っても仕方がない。
「ああ、なんだ。二人で乗ったわけじゃなかったんだ。妬いたのに」
「えっ、妬いたんですか?」
思いも寄らない返しが来て、私はつい聞き返してしまった。
「そりゃあ、彼は同性の僕から見ても格好良いから」
ああ、うん。目撃情報がリアルタイムで拡散されるような人ですしね。
でもそっか。レンさん、妬いたんだ……。
「確かにシグラン公爵令息は、何故だか何となくお近づきになりたい気がしてくる魔性の人ではありますね。まあ、レンさんの魅力と比べれば、超えられない壁がありますけど」
ともすればにやけそうになる顔をぐっと抑え、私は至極真面目にしっかりと、言葉にして伝えた。
それが却ってツボに入ったのか、レンさんが思わずといった感じで「ふはっ」と吹き出す。
「超えられない壁があるんだ?」
「あります!」
断言すれば、レンさんがまた笑う。……というか、笑って止まらない。忍び笑いが忍んでない。
「いつも思うけど、好きだと言われた僕と同じくらい言ってる君も嬉しそうだよね」
ひとしきり笑ったという感じで、ようやくレンさんの笑いが止まる。次いで彼の手が、ふわりと私の頭の上に乗せられた。
「僕はそんな君を見る度に、思い出すことができる。楽しい、嬉しい、そんな感情こそが幸せの在り方なんだって」
レンさんが、大切な言葉を噛み締めるような、そんな穏やかな声色で言う。
そうしながら彼は、優しい手つきで私の頭を撫でた。
レンさんの手は、何だか髪よりも心がくすぐったい。
「人が幸せになる方法は、結局のところ自分で自分が幸せだと認めること以外にない。そしてそうなるためには、自分が幸せかどうかを自問する必要がある。意識を内に向けず数字だけを追っている人間には、永遠に見つけられない。決して忘れてはいけないそのことを、君を見ることで僕は忘れずにいられるんだ」
「‼」
不意に、ぎゅっとレンさんに抱き締められる。
言葉で、態度で、私が掛け替えのない存在だと示されている。そう感じた。
「……レンさんの役に立てて、嬉しいです」
何だか、感極まった声が出てしまった。本当に、嬉しい気持ちで一杯で。幸せな気持ちで満たされて。
(自分で幸せかどうかを自問する……か)
私はふっと、窓の外を見遣った。
馬車が橋を渡る。もうすぐギルドに到着してしまう。
降りて、ノイン家の馬車に乗り換えてしまえばもう、二人で会える機会なんてないかもしれない。もう会うこと自体、叶わないかもしれない。
それでも彼には、ずっと誰よりも幸せでいて欲しいと思う。そして遠くで人づてに彼の活躍を聞いただけで、私は幸せな気持ちになれるだろう。
結ばれなくとも、そう思えるほどの人と出会えた私の人生は、そうでない人よりも確実に――幸せだ。
私はレンさんにそう説明し、「私と彼女は彼と向かい合って乗りました」と付け加えた。
言われてみれば、真向かいに座ったセレナはキュン死にしていた。確かにシグラン公爵令息によって、密室殺人事件は起こっていた。これは一報が入っても仕方がない。
「ああ、なんだ。二人で乗ったわけじゃなかったんだ。妬いたのに」
「えっ、妬いたんですか?」
思いも寄らない返しが来て、私はつい聞き返してしまった。
「そりゃあ、彼は同性の僕から見ても格好良いから」
ああ、うん。目撃情報がリアルタイムで拡散されるような人ですしね。
でもそっか。レンさん、妬いたんだ……。
「確かにシグラン公爵令息は、何故だか何となくお近づきになりたい気がしてくる魔性の人ではありますね。まあ、レンさんの魅力と比べれば、超えられない壁がありますけど」
ともすればにやけそうになる顔をぐっと抑え、私は至極真面目にしっかりと、言葉にして伝えた。
それが却ってツボに入ったのか、レンさんが思わずといった感じで「ふはっ」と吹き出す。
「超えられない壁があるんだ?」
「あります!」
断言すれば、レンさんがまた笑う。……というか、笑って止まらない。忍び笑いが忍んでない。
「いつも思うけど、好きだと言われた僕と同じくらい言ってる君も嬉しそうだよね」
ひとしきり笑ったという感じで、ようやくレンさんの笑いが止まる。次いで彼の手が、ふわりと私の頭の上に乗せられた。
「僕はそんな君を見る度に、思い出すことができる。楽しい、嬉しい、そんな感情こそが幸せの在り方なんだって」
レンさんが、大切な言葉を噛み締めるような、そんな穏やかな声色で言う。
そうしながら彼は、優しい手つきで私の頭を撫でた。
レンさんの手は、何だか髪よりも心がくすぐったい。
「人が幸せになる方法は、結局のところ自分で自分が幸せだと認めること以外にない。そしてそうなるためには、自分が幸せかどうかを自問する必要がある。意識を内に向けず数字だけを追っている人間には、永遠に見つけられない。決して忘れてはいけないそのことを、君を見ることで僕は忘れずにいられるんだ」
「‼」
不意に、ぎゅっとレンさんに抱き締められる。
言葉で、態度で、私が掛け替えのない存在だと示されている。そう感じた。
「……レンさんの役に立てて、嬉しいです」
何だか、感極まった声が出てしまった。本当に、嬉しい気持ちで一杯で。幸せな気持ちで満たされて。
(自分で幸せかどうかを自問する……か)
私はふっと、窓の外を見遣った。
馬車が橋を渡る。もうすぐギルドに到着してしまう。
降りて、ノイン家の馬車に乗り換えてしまえばもう、二人で会える機会なんてないかもしれない。もう会うこと自体、叶わないかもしれない。
それでも彼には、ずっと誰よりも幸せでいて欲しいと思う。そして遠くで人づてに彼の活躍を聞いただけで、私は幸せな気持ちになれるだろう。
結ばれなくとも、そう思えるほどの人と出会えた私の人生は、そうでない人よりも確実に――幸せだ。