『悪役令嬢』は始めません!
 今日は卒業パーティーのはずだった。
 はずだった……という表現になってしまうのは、(ひとえ)に私の現在地がおかしいからだ。私は今、一段高くなっている貴賓席から卒業生たちを見下ろしていた。
 ちなみにその卒業生には、スレイン王子とコール子爵令嬢も含まれる。レンさんの台詞によって真っ白に燃え尽きた彼らは、あのまま捨て置かれた。
 ただでさえ少なかったスレイン王子の取り巻きは最早ゼロ。ここから見ると会場の中でそこだけぽっかりと人がいなくなって、悪目立ちしている。
 それでも二人がこの場に残っているのは、レンさんが監視を付けたからだ。あの後、スレイン王子には一瞥もくれなかったレンさんは、衛兵の一人に「後でこの者を応接室まで連れて来るように」と指示した。
 それについてレンさんは、「パーティーが終わった後で、ちゃんとシアに謝らせるよ」とにこやかに言っていた。その笑顔に、いつぞや父が口にしていた「こういう輩こそ(たち)が悪いんだ。気を付けるように」という言葉を唐突に思い出してしまったのは何故なのか……。

「まずは皆、卒業おめでとう。これから国を支える同志となった皆には、学園で巡り合った友人や発見した自分の興味関心を大切にして欲しい。それが君たちが輝く未来に繋がるだろう」

 私は、一歩離れて斜め前に立つレンさんの祝辞を聞きながら、卒業生並びにご来賓の皆様に愛嬌を振り撒いていた。
 一番何がおかしいって、その私を見る彼らの目だ。自然過ぎる。もっと動揺してもいいと思う。少なくとも私と同じくらいには。
 あと、本来は私もあちら側で国王陛下からありがたいお言葉をいただいているはずじゃありませんかね……?
 解せぬと真顔になりそうなのを何度も愛想笑いに戻す私の横で、(しゆく)(しゆく)とレンさんの『お言葉』は進んでいた。

「――最後に、この学園を卒業したことに自信と誇りを持って、君たちの心が指し示す道を進んで行って欲しい。その結果、君たちがローク王国から離れることになったとしても、私は自身の生き方を愛せた君たちを自慢の民と思うだろう。今日は本当におめでとう」

 お祝いの言葉を締め括ったレンさんが、こちらを振り返る。それから彼は私を手招きした。
 それに従って傍に寄った――途端、私は彼の片腕に抱き込まれた。

「皆が気になっているだろうから、この場で話しておこう」

 視界がレンさんの胸だけになった私の耳に、いつ聞いても良い声が聞こえてくる。

「私、レンブラント・ロークはノイン侯爵令嬢アデリシアと婚約した。皆、知っているだろうがノイン侯爵令嬢は元々スレインの婚約者だった令嬢だ。十月に予定していた二人の婚姻式だった日に、私はアデリシアと結婚することにした。祝福して欲しい」

 会場がわぁっと沸いたのがわかった。

(いやそんな話、聞いてませんけど⁉)

 私も彼らとは別の意味で「わぁっ」と言いたかった。
 もしやこの体勢、今の私の反応が皆にバレないための対策なのでは?
 十月にとなれば、約半年後だ。寝耳に水とはこのことか。
 それでもワンクッション置いたことで、表情を取り繕う余裕はできた。私も挨拶しなければ。
 私はもぞもぞと動いて、レンさんに腕から抜けますよという合図を送った。

「今日婚約して十月って、緊急時くらいの速さですよ……」

 解放された私は再び会場の皆様に愛嬌を振り撒きながら、レンさんにだけ聞こえる声量で指摘した。
 王族は後継の関係で今日の明日で結婚することもあるだろうが、それは今私が言ったような緊急時に限る。平常時は高位貴族のそれに準ずるのが普通なのだ。その私の常識は、少なくともこの場にいる者たちの共通認識と思っていたのに。
 大盛り上がりの人々は誰も彼も、そんなことは知らないような素振りをしていた。ここにいるのが貴族ばかりなことを思うと、今後のことを考えて意図的に記憶から消し去った……という方が正しいかもしれない。
 ふっと、私の耳に触れる温度が高くなった気がした。レンさんが私の耳元へ顔を寄せてきたのがわかった。
 この状況、きっと遠目からは愛を囁かれているようにでも見えただろう。

「シアの方から僕を熱烈に口説いてきたのに、お預けしようって言うの?」
「!」

 ゾクゾクするほどの甘さを含んだ、恋人の囁きには違いない。

「僕は一ヶ月前から、僕とキスして結婚して子供を産みたいと言った君とそうすることばかり考えていたのにね?」
「…………」

 違いないが、ちょっとばかり――それは具体的過ぎた……。
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