『悪役令嬢』は始めません!
応接室に残っているのは、レンさんと父とシグラン公爵令息、それから私。父だけが座る場所を、私とレンさんの正面へ移動していた。
「――で? どうなってるんだ、レン」
口火を切ったのはその父だった。人払いした途端、呼称が変わっているし態度も無遠慮になっている。
ノイン家にレンさんが訪ねてきたときによくみる光景だ。よく見る光景だから家名が無いと聞いても、レンさんが国王陛下だと思い至らなかったのですよ、父よ……。
「私が一ヶ月前に受け取った通達では、シアの婚約者はシグラン公爵令息だったはずだが?」
んんんんん⁉
ちょっと本日の衝撃の事実、多過ぎではありませんかね⁉
父の問いにレンさんが、「バラさなくても」とぼやいたのが聞こえた。
「あれは……あの時点ではそうだったんだよ。昔、母がスレインの婚約者にシアを推して、僕が最終決定を下した。それでその日のうちに彼の婚約者をシアに決めて、同時にサミュエルにも最終的に王位に即く方にシアと結婚させると伝えた。だから、あの通達を送った時点ではそうだった」
「ええ、私の方もその内容で通達を受け取りました。そこにノイン侯爵令嬢と接触を図るよう指示があったので、すぐさま令嬢の予定を調べさせたのです。しかし翌日から実行に移すはずが、その日の夕方に早馬が来たんですよ。これもまた叔父上からの通達で、私と令嬢の婚約を保留にするという内容でした」
レンさんの話をシグラン公爵令息が引き継ぐ。
それを聞きながら私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
(それじゃああの日、その足でレンさんのところへ行っていなければアウトだったってこと⁉)
家に帰ったらいきなり婚約が決まっていたり、街でお忍びの王族と出会ったり、私が思った『悪役令嬢』のテンプレまんまではないか。
私は引き攣りそうになる頬を、必死で堪えた。
「失礼ながら、最初はあなたに何かしら素行の悪いところでも見つかったのかと思ったのです」
シグラン公爵令息は言いながら、私の方を見てきた。
「ところが手紙を読み進めると――あれは本当に笑えました。自分が令嬢と恋仲になったので、女性受けする私は絶対にあなたに姿を見せるなと書いてあったんです。朝から夕方までの短時間で叔父上にそう言わしめた女性が逆に気になってしまって。別邸の隣にあるラッセ侯爵家のお茶会に来るという情報を掴んだときは、つい見に行ってしまいました」
シグラン公爵令息が、思わずといった感じで笑う。その笑い方は、レンさんに似ていた。さすが親戚。
そしてあの出会いは、半分は偶然じゃなかったんですね⁉
「案の定、隠れて見に行ってしかも接触してしまったのがバレてしまって。大目玉を食らいましたが、叔父上が思春期の少年のようでもう微笑ましい気持ちしかなかったですね」
「こっちの気も知らないで」
「それでレンは、シグラン公爵令息に乗り換えられるかもしれないと思って、私への通達は昨日までそのままだったのか」
父が残念な人間でも見るような目をレンさんに向ける。
レンさんは昨日になってようやく父に打ち明けたのか。それで喧嘩になった、と。
けれどシグラン公爵令息と出会ってなくても、結局レンさんはぎりぎりまで言い出さなかった気がする。
秘密の恋人の期間中、彼は幾度となく本当に自分で良いのかとこちらに問うような姿勢を見せていた。
そして私が気付いていないのをいいことに、レンさんは自分の正体を隠そうとしていた。これは間違いないだろう。シグラン公爵令息のことを普段は『サミュエル』と呼んでいるようなのに、私との会話で『シグラン公爵令息』と呼んでいたのだから。
三日前の時点ではまだレンさんは、私の相手を自分かシグラン公爵令息かで決めかねていたのだ。
本当は何の障害もないのに秘密の恋人を提案してきたのが、何よりの証拠である。
「――で? どうなってるんだ、レン」
口火を切ったのはその父だった。人払いした途端、呼称が変わっているし態度も無遠慮になっている。
ノイン家にレンさんが訪ねてきたときによくみる光景だ。よく見る光景だから家名が無いと聞いても、レンさんが国王陛下だと思い至らなかったのですよ、父よ……。
「私が一ヶ月前に受け取った通達では、シアの婚約者はシグラン公爵令息だったはずだが?」
んんんんん⁉
ちょっと本日の衝撃の事実、多過ぎではありませんかね⁉
父の問いにレンさんが、「バラさなくても」とぼやいたのが聞こえた。
「あれは……あの時点ではそうだったんだよ。昔、母がスレインの婚約者にシアを推して、僕が最終決定を下した。それでその日のうちに彼の婚約者をシアに決めて、同時にサミュエルにも最終的に王位に即く方にシアと結婚させると伝えた。だから、あの通達を送った時点ではそうだった」
「ええ、私の方もその内容で通達を受け取りました。そこにノイン侯爵令嬢と接触を図るよう指示があったので、すぐさま令嬢の予定を調べさせたのです。しかし翌日から実行に移すはずが、その日の夕方に早馬が来たんですよ。これもまた叔父上からの通達で、私と令嬢の婚約を保留にするという内容でした」
レンさんの話をシグラン公爵令息が引き継ぐ。
それを聞きながら私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
(それじゃああの日、その足でレンさんのところへ行っていなければアウトだったってこと⁉)
家に帰ったらいきなり婚約が決まっていたり、街でお忍びの王族と出会ったり、私が思った『悪役令嬢』のテンプレまんまではないか。
私は引き攣りそうになる頬を、必死で堪えた。
「失礼ながら、最初はあなたに何かしら素行の悪いところでも見つかったのかと思ったのです」
シグラン公爵令息は言いながら、私の方を見てきた。
「ところが手紙を読み進めると――あれは本当に笑えました。自分が令嬢と恋仲になったので、女性受けする私は絶対にあなたに姿を見せるなと書いてあったんです。朝から夕方までの短時間で叔父上にそう言わしめた女性が逆に気になってしまって。別邸の隣にあるラッセ侯爵家のお茶会に来るという情報を掴んだときは、つい見に行ってしまいました」
シグラン公爵令息が、思わずといった感じで笑う。その笑い方は、レンさんに似ていた。さすが親戚。
そしてあの出会いは、半分は偶然じゃなかったんですね⁉
「案の定、隠れて見に行ってしかも接触してしまったのがバレてしまって。大目玉を食らいましたが、叔父上が思春期の少年のようでもう微笑ましい気持ちしかなかったですね」
「こっちの気も知らないで」
「それでレンは、シグラン公爵令息に乗り換えられるかもしれないと思って、私への通達は昨日までそのままだったのか」
父が残念な人間でも見るような目をレンさんに向ける。
レンさんは昨日になってようやく父に打ち明けたのか。それで喧嘩になった、と。
けれどシグラン公爵令息と出会ってなくても、結局レンさんはぎりぎりまで言い出さなかった気がする。
秘密の恋人の期間中、彼は幾度となく本当に自分で良いのかとこちらに問うような姿勢を見せていた。
そして私が気付いていないのをいいことに、レンさんは自分の正体を隠そうとしていた。これは間違いないだろう。シグラン公爵令息のことを普段は『サミュエル』と呼んでいるようなのに、私との会話で『シグラン公爵令息』と呼んでいたのだから。
三日前の時点ではまだレンさんは、私の相手を自分かシグラン公爵令息かで決めかねていたのだ。
本当は何の障害もないのに秘密の恋人を提案してきたのが、何よりの証拠である。