『悪役令嬢』は始めません!
「やあ、サミュエル、セレナも。今日も二人、仲が良さそうで何よりだ」
「こんにちは。サミュエルさんとセレナが一緒にいる光景も、近頃大分慣れてきました」
「こんにちは。婚約式の際は、ご参列いただき誠にありがとうございました」
「ご機嫌よう。陛下、シア」
皇太后様の私的な集まりだからか、サミュエルさんはレンさんを「叔父上」の方で呼んできた。それで多少肩の力が抜けたのだろう、セレナも私を愛称の方で呼んで挨拶してきた。
と、そこでサミュエルさんがレンさんに目を移す。
「叔父上。お陰様で、セレナとの仲は良好です」
そして何やら含みのある言い方で、そう付け加えてきた。
「アデリシア妃のために親友を気軽に茶会に呼べる立場にしてあげたいとか親友の旦那なら浮気しないだろうとか、そんな叔父上の魂胆はともかく、セレナとの仲を取り持っていただいたことには感謝しております。私はセレナを愛していますので」
次はまったく含んでいない俗に言う暴露をしてきた。
その隣でほわほわと幸せそうに微笑んでいるセレナを見ると、サミュエルさんが主人公の物語も良い結末を迎えられたようだ。
「今の演奏者の二つ後が、私の出番なんです。シアの好きな曲にしたから是非聞いていってね」
「勿論よ。応援してるわ」
私がそう返せば、二人は挨拶とともに辞して舞台の方へと歩いて行った。おそらく先程もそちらへの移動中に私たちの姿を見つけたのだろう。
「……サミュエルは僕に恨みでもあるのかな」
遠目からでも仲が良さそうな二人を見送っていたところ、ボソッと呟かれたレンさんの声が頭上から降ってきた。
「魂胆の話ですか?」
その言い方にどうにも笑ってしまいそうで、彼の方を見ないままにそう返す。
しかしそれがいけなかったらしい。
「――いつまでサミュエルを見てるの?」
「‼」
レンさんの添えてない方の手を取られ、そうなると当然私は彼と向かい合う形になった。
そこをじっと、レンさんに見つめられる。
「サミュエルさんだけを見ていたわけじゃないですよ」
「それはわかってる」
「レ、レンさん……?」
言葉とは裏腹に拗ねたような口調で言ったレンさんを笑う余裕は、最早私にはなかった。
レンさんが私の手を持ち上げ、その手のひらにキスをしてくる。
そしてそのままの状態でしばし停止――だけならまだよかった。実際はそう見せかけて、彼は微妙に角度を変えたキスを何度も繰り返してきた。
しかもその間、視線は常にこちらである。もしもし、レンさーん!
(叫びたい。今とても、叫びたい……!)
この火照る感覚、記憶にある。去年の今頃、レンさんに名前を書かれたときがこうだった。
うなじと比べて手のひらは部位的に健全なはずなのに。熱っぽい視線に搦め捕られ、この場から一歩も動いていないにもかかわらず動悸息切れが激しい。
「シア」
そんな私にもう一人の男主人公たる彼は、それはもう男主人公らしい魅惑の笑みを見せてきた。
「今夜も君に、僕の名前を書いてもいいかな?」
「!!!」
私の物語の結末の一文は、きっとこうだろう。
『王子に婚約破棄された悪役令嬢は、国王陛下と結婚し末永く幸せに暮らしました!』
-END-
「こんにちは。サミュエルさんとセレナが一緒にいる光景も、近頃大分慣れてきました」
「こんにちは。婚約式の際は、ご参列いただき誠にありがとうございました」
「ご機嫌よう。陛下、シア」
皇太后様の私的な集まりだからか、サミュエルさんはレンさんを「叔父上」の方で呼んできた。それで多少肩の力が抜けたのだろう、セレナも私を愛称の方で呼んで挨拶してきた。
と、そこでサミュエルさんがレンさんに目を移す。
「叔父上。お陰様で、セレナとの仲は良好です」
そして何やら含みのある言い方で、そう付け加えてきた。
「アデリシア妃のために親友を気軽に茶会に呼べる立場にしてあげたいとか親友の旦那なら浮気しないだろうとか、そんな叔父上の魂胆はともかく、セレナとの仲を取り持っていただいたことには感謝しております。私はセレナを愛していますので」
次はまったく含んでいない俗に言う暴露をしてきた。
その隣でほわほわと幸せそうに微笑んでいるセレナを見ると、サミュエルさんが主人公の物語も良い結末を迎えられたようだ。
「今の演奏者の二つ後が、私の出番なんです。シアの好きな曲にしたから是非聞いていってね」
「勿論よ。応援してるわ」
私がそう返せば、二人は挨拶とともに辞して舞台の方へと歩いて行った。おそらく先程もそちらへの移動中に私たちの姿を見つけたのだろう。
「……サミュエルは僕に恨みでもあるのかな」
遠目からでも仲が良さそうな二人を見送っていたところ、ボソッと呟かれたレンさんの声が頭上から降ってきた。
「魂胆の話ですか?」
その言い方にどうにも笑ってしまいそうで、彼の方を見ないままにそう返す。
しかしそれがいけなかったらしい。
「――いつまでサミュエルを見てるの?」
「‼」
レンさんの添えてない方の手を取られ、そうなると当然私は彼と向かい合う形になった。
そこをじっと、レンさんに見つめられる。
「サミュエルさんだけを見ていたわけじゃないですよ」
「それはわかってる」
「レ、レンさん……?」
言葉とは裏腹に拗ねたような口調で言ったレンさんを笑う余裕は、最早私にはなかった。
レンさんが私の手を持ち上げ、その手のひらにキスをしてくる。
そしてそのままの状態でしばし停止――だけならまだよかった。実際はそう見せかけて、彼は微妙に角度を変えたキスを何度も繰り返してきた。
しかもその間、視線は常にこちらである。もしもし、レンさーん!
(叫びたい。今とても、叫びたい……!)
この火照る感覚、記憶にある。去年の今頃、レンさんに名前を書かれたときがこうだった。
うなじと比べて手のひらは部位的に健全なはずなのに。熱っぽい視線に搦め捕られ、この場から一歩も動いていないにもかかわらず動悸息切れが激しい。
「シア」
そんな私にもう一人の男主人公たる彼は、それはもう男主人公らしい魅惑の笑みを見せてきた。
「今夜も君に、僕の名前を書いてもいいかな?」
「!!!」
私の物語の結末の一文は、きっとこうだろう。
『王子に婚約破棄された悪役令嬢は、国王陛下と結婚し末永く幸せに暮らしました!』
-END-