『悪役令嬢』は始めません!
「…………え?」

 ぽかんとする……というのは、きっとこういうのを言うんだろう。そんな絵に描いたような呆気に取られた顔を、レンさんはしていた。
 片や、私の方も大概だと思う。あんな短い台詞で、今肩で息をしている。

(言った、言ったわ。言ってしまったわ……)

 目を丸くしてまだ口が半開きなレンさんに、都合の良い白昼夢でないことがわかる。前世と今世合わせて初の告白、私はやり遂げた。
 私は達成感に酔いしれた。

「それは……もし僕と結婚できたなら、僕との子を授かってもいい――そういった意味での好きなのかな?」
「ケホッ」

 酔いは一瞬で()めた。飲み物も飲んでいないというのに、唾で()せた。
 突然の生々しい例え……!

(ああ、でもそっか。私の気持ちを単なる『年上男性への憧れ』と思われても仕方がないのかも)

 何せ二十も離れている。ローク王国ではそこまで珍しくはないが、それは貴族同士に限った話。平民的には日本と同じで「お巡りさん、こいつです」と言われそうな年の差だ。私の決死の告白を「私、大きくなったらパパのお嫁さんになる!」の類と疑うレンさんの気持ちも、わからないでもない。

「そういった意味です! 勿論です!」

 それなら、ちゃんとそこまで伝わるまで言わないといけない。私は力強く答えた。
 恥ずかしいなんて言ってられない。後悔したくない。

「レンさんとデートしたい、手を繋いで歩きたい。キスしたいし、結婚したい。あなたとの子供を産みたい。私のあなたへの想いは、そんな『好き』です。間違いありませんっ」

 ついでというか例え話にかこつけて、それこそ生々しい願望も吐き出した。最早、自棄(やけ)だ。
 好きだと伝えられたなら、それだけで良かった。だからこの状況は思った以上の成果だ。自分で自分によくやったと褒めてやりたい。帰り道には、ここから三軒隣にあるケーキショップでイチオシのケーキを買って帰ろう。そうしよう。
 私は再び達成感に酔いしれた。

「――それじゃあ、シア。今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろうか?」
「へぁっ⁉」

 またしても一瞬にして、酔いが醒まされる。

「え? え……っ、恋人⁉」

 想定外過ぎる返事に、私は思わずレンさんをまじまじと見た。
 当のレンさんは、既にいつものにこにこ顔。放心状態からは抜け出した様子。
 ということは、混乱しての発言というわけではない? 正気で……本気……⁉

(えええ? どういうこと?)

 私の方こそ混乱してきた。頭の中で、「今日から」「一ヶ月」「秘密の」「恋人」と覚え立ての外国語のように単語を並べて、理解を試みる。
 レンさんのことだから、てっきり困ったような顔で「ありがとう」と返してくるものとばかり思っていたのに。

(あっ……そうか!)

 何度目か(はん)(すう)したところで、私はようやく理解に至った。
 一ヶ月。レンさんが指定したその期間には、心当たりがあった。
 ローク王国では身分に問わず、婚約を破棄した場合は一ヶ月間次の婚約が結べない。であるから、すぐに次の相手探しが始まったとしても婚約するのは最短で一ヶ月後。
 つまり、それまで私はフリー。レンさんが言った『秘密の恋人』も可能ーーー‼
 その答に辿り着いた瞬間、私は世界がパァッと明るくなったのを感じた。
 「一ヶ月だけ恋人に」という台詞は、端からは誠実でない印象を受けるだろう。けれど、私にはそれが最大の譲歩だとわかっている。ただ「ありがとう」で流されるよりも、ずっと気持ちがこもった提案であることがわかる。
 レンさんには災難だったが、息子さんが家を出て独り身になるという状況もおそらく『秘密の恋人』を後押ししたのだろう。これを逃す手はない。

「はい! よろしくお願いします!」

 天にも昇る心地とはこういうことか。降って湧いた幸福に、喜びで目に涙が(にじ)む。
 私はレンさんに、コクコクと何度も頷いた。
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