『悪役令嬢』は始めません!
『悪役令嬢』は始めません!
(決めた。私、『悪役令嬢』が始まらないようにするわ!)
建築ギルドから自宅へ向かう馬車の中、私は一人決意を固めた。
今日でレンさんへの気持ちに整理がついていたなら、男主人公の登場は新しい恋の始まりになっていたかもしれない。けれど現実は整理がつくどころか、もっと燃え上がってしまった。
こんな状態では男主人公に失礼だし、申し訳ない。だからそもそも『悪役令嬢』の物語を始めない方向で行こう。
だって、婚約破棄シーンばりのテンプレを踏襲するなら、男主人公は悪役令嬢――私を一途に想ってくれることになる。あるいは幼い頃に出会ったとかで、既に想いを寄せてくれている可能性さえある。
それなのに私の方は別の男性が好きとか、あんまりだ。それは悪役令嬢ではなくガチの悪女である。
悪役令嬢がこの先の人生を無事生き延びるには、『悪役令嬢』と『逆ざまぁ』がセットのルートに乗らなければならない。そしてそれは、本当の悪女には用意されていないのだ。
「……よし、イケメンには近寄らない。王族、上位貴族との接触もなるべく避ける」
男主人公がいなくたって、一人でどうにか乗り越えてみせる。
レンさんと恋人になれた今なら、何だってやれる気がする。やれる気しかしない。ブラック企業ばりに事務も企画も営業も現場も兼務になったって、見事こなしてみせるわ。
「それにしても……だから今、婚約破棄なわけね」
実はレンさんが言う『一ヶ月』を理解したと同時に、私はもう片方の一ヶ月にも思い至ってしまっていた。
婚約破棄をするにはロケーションが違うなと思ったが、何のことはない。スレイン王子はコール子爵令嬢との婚約発表の方を、卒業パーティーに持って行きたかった。そのために、私との婚約破棄を前倒ししたのだ。
よって悪役令嬢の断罪イベントは、テンプレ通り卒業パーティーに発生するものと思っておいた方がいいだろう。
「私に断罪される謂れはないけどね」
『悪役令嬢』は大きく分けて二種類ある。実際素行が悪かった者が前世を思い出すのときっかけに心を入れ替える場合と、令嬢本人は無害であるのに周囲の評判でそうなっている場合。
私の場合は、どちらかと言えば後者だろう。私は物心ついた頃には既に前世の記憶があった。しかも三十歳近くまで生きた記憶だ。悪役令嬢の無茶振りはおろか、普通の子供の我が侭さえ言ってこなかったと思う。
コール子爵令嬢にしても、今日が初対面。今後も関わるつもりはない。私が背負う『悪役』は、あくまで彼らの恋路にとっての悪役。冤罪で私を訴えての逆ざまぁコースに決まりだろう。
「そこはそれで解決、か……」
自分で言った「そこは」の台詞に、私ははぁっと溜息をついて窓の外を見た。
人通りが少なく大きな邸が並ぶ、上級貴族のための住宅街。露店が多く並ぶ建築ギルドの周辺とあまりに違うその景色に、まるで別の街に来てしまったかのように錯覚する。
「実際、世界が違うのよね……」
呟いて、慌てて頭を振る。
レンさんと恋人でいられる一ヶ月を手に入れたくせに、これ以上高望みなんて駄目だ。欲張っては、あっという間にざまぁされる側の悪役令嬢に堕ちてしまう。男主人公を頼らないと決めたなら、なおさら気張らないといけないというのに。
「一ヶ月で終わっても、元々は始まることすらなかったのだから。それなら目一杯堪能しないと!」
グッと気合いを入れ直す。
そうしたところで馬車が止まった。窓から見える景色も、見慣れた前庭へと替わっていた。
建築ギルドから自宅へ向かう馬車の中、私は一人決意を固めた。
今日でレンさんへの気持ちに整理がついていたなら、男主人公の登場は新しい恋の始まりになっていたかもしれない。けれど現実は整理がつくどころか、もっと燃え上がってしまった。
こんな状態では男主人公に失礼だし、申し訳ない。だからそもそも『悪役令嬢』の物語を始めない方向で行こう。
だって、婚約破棄シーンばりのテンプレを踏襲するなら、男主人公は悪役令嬢――私を一途に想ってくれることになる。あるいは幼い頃に出会ったとかで、既に想いを寄せてくれている可能性さえある。
それなのに私の方は別の男性が好きとか、あんまりだ。それは悪役令嬢ではなくガチの悪女である。
悪役令嬢がこの先の人生を無事生き延びるには、『悪役令嬢』と『逆ざまぁ』がセットのルートに乗らなければならない。そしてそれは、本当の悪女には用意されていないのだ。
「……よし、イケメンには近寄らない。王族、上位貴族との接触もなるべく避ける」
男主人公がいなくたって、一人でどうにか乗り越えてみせる。
レンさんと恋人になれた今なら、何だってやれる気がする。やれる気しかしない。ブラック企業ばりに事務も企画も営業も現場も兼務になったって、見事こなしてみせるわ。
「それにしても……だから今、婚約破棄なわけね」
実はレンさんが言う『一ヶ月』を理解したと同時に、私はもう片方の一ヶ月にも思い至ってしまっていた。
婚約破棄をするにはロケーションが違うなと思ったが、何のことはない。スレイン王子はコール子爵令嬢との婚約発表の方を、卒業パーティーに持って行きたかった。そのために、私との婚約破棄を前倒ししたのだ。
よって悪役令嬢の断罪イベントは、テンプレ通り卒業パーティーに発生するものと思っておいた方がいいだろう。
「私に断罪される謂れはないけどね」
『悪役令嬢』は大きく分けて二種類ある。実際素行が悪かった者が前世を思い出すのときっかけに心を入れ替える場合と、令嬢本人は無害であるのに周囲の評判でそうなっている場合。
私の場合は、どちらかと言えば後者だろう。私は物心ついた頃には既に前世の記憶があった。しかも三十歳近くまで生きた記憶だ。悪役令嬢の無茶振りはおろか、普通の子供の我が侭さえ言ってこなかったと思う。
コール子爵令嬢にしても、今日が初対面。今後も関わるつもりはない。私が背負う『悪役』は、あくまで彼らの恋路にとっての悪役。冤罪で私を訴えての逆ざまぁコースに決まりだろう。
「そこはそれで解決、か……」
自分で言った「そこは」の台詞に、私ははぁっと溜息をついて窓の外を見た。
人通りが少なく大きな邸が並ぶ、上級貴族のための住宅街。露店が多く並ぶ建築ギルドの周辺とあまりに違うその景色に、まるで別の街に来てしまったかのように錯覚する。
「実際、世界が違うのよね……」
呟いて、慌てて頭を振る。
レンさんと恋人でいられる一ヶ月を手に入れたくせに、これ以上高望みなんて駄目だ。欲張っては、あっという間にざまぁされる側の悪役令嬢に堕ちてしまう。男主人公を頼らないと決めたなら、なおさら気張らないといけないというのに。
「一ヶ月で終わっても、元々は始まることすらなかったのだから。それなら目一杯堪能しないと!」
グッと気合いを入れ直す。
そうしたところで馬車が止まった。窓から見える景色も、見慣れた前庭へと替わっていた。