『悪役令嬢』は始めません!
帰宅と同時に父の執務室に呼ばれたと思えば案の定、父の手には王家の印章が押された手紙があった。例によって婚約破棄の通達だろう。
こちらに非が無いとはいえ、侯爵である父にとってはノイン家の恥であることに変わりはない。父が今、『セイラム・ノイン侯爵』な方の顔をしているのがその証拠だ。私は鬱々とした気持ちで、執務机の前まで進み出た。
手紙に目を落としていた父が、顔を上げて私を見る。
「あの無能王子が起こした問題は聞いた。というより、実際王宮で目にした」
「!」
あれを直に見られていたのか。
父が見ていたというくらいだから、他にも目撃者はいることだろう。通達だけであれば、父は醜聞を最小限にする手でも打ったかもしれない。しかし、こうなってしまってはそれも難しい。
私は雷が落ちるのを身構え――たところで「ん?」となった。今、『無能王子』って言いませんでした?
「陛下がアレを王太子に任命していなくて正解だな。唯一の王子であるのに王太子ではない意味が、十八にもなって理解できていなかったとは」
今度は『アレ』と。
この父の反応、少なくとも私だけに原因があるとは考えていないようだ。良かった。これなら『逆ざまぁ』に失敗して勘当されるにしても、当面の生活費くらい持たせて追い出してくれそう。
「――まったく」
まだ何か言いたげな顔をしながらも、父はそこで言葉を止めた。
「念のため聞くが、アレに未練は?」
「ありません」
渋面で尋ねてきた父に、私は即答した。あるわけがない。
そんな私の反応が想定通りだったのだろう、父も私に負けない速さで「ははっ」と一転破顔した。
「早ければ、明日からお前に次の縁談の申込が来るだろう」
「はい」
父がスレイン王子の三文芝居を目にしたということは、他にも多くの貴族が目撃したと思われる。
あの庭園は、主要な通路の中央に位置するのだ。だから庭園へ入ることを許可されている者は、近道としても利用していた。あのときの私もそう。
そして「庭園へ入ることを許可されている者」は、私と身分が釣り合う家格の場合が多い。父が言うように、我先にと縁談の手紙を出す家も多いことだろう。王家と縁を結べなかったとしても、ノイン家が権力者であることに変わりはない。
「手紙や贈り物を受け取るのは構わない。だが、お前自身が返事を出したり相手と会ったりするのは、来月の卒業パーティーの後にしなさい。卒業パーティーのエスコートは、私が務める」
「いいのですか?」
「シアがアレを筆頭とした害虫に集られては、かなわないからな」
父の意外な返答に、目を瞬く。
『無能王子』からの『害虫』指定。言い方からして、父は私を守ってくれるらしい。どころか、婚約破棄の原因が向こう側にのみあると信じてくれている様子。
あの場面を目撃したとは言っていたが、ここまで私の味方をしてくれるとは思っていなかった。重要な王家との繋がりを断たれたという事実には、違いなかったから。
加えて、婚活を先送りしていいというのも予想外だった。次に婚約できる一ヶ月先までに、候補者との親交を深めておくよう言われると思っていた。
今回のことで当然影響は出るだろうから、慎重になっているのだろうか。あるいは私を憐憫の目で見ている父の親心だろうか。
後者であれば、少し申し訳ない。私にとって婚約破棄は願ったり叶ったりで、気落ちするどころか喜んでしまったわけだから。
こちらに非が無いとはいえ、侯爵である父にとってはノイン家の恥であることに変わりはない。父が今、『セイラム・ノイン侯爵』な方の顔をしているのがその証拠だ。私は鬱々とした気持ちで、執務机の前まで進み出た。
手紙に目を落としていた父が、顔を上げて私を見る。
「あの無能王子が起こした問題は聞いた。というより、実際王宮で目にした」
「!」
あれを直に見られていたのか。
父が見ていたというくらいだから、他にも目撃者はいることだろう。通達だけであれば、父は醜聞を最小限にする手でも打ったかもしれない。しかし、こうなってしまってはそれも難しい。
私は雷が落ちるのを身構え――たところで「ん?」となった。今、『無能王子』って言いませんでした?
「陛下がアレを王太子に任命していなくて正解だな。唯一の王子であるのに王太子ではない意味が、十八にもなって理解できていなかったとは」
今度は『アレ』と。
この父の反応、少なくとも私だけに原因があるとは考えていないようだ。良かった。これなら『逆ざまぁ』に失敗して勘当されるにしても、当面の生活費くらい持たせて追い出してくれそう。
「――まったく」
まだ何か言いたげな顔をしながらも、父はそこで言葉を止めた。
「念のため聞くが、アレに未練は?」
「ありません」
渋面で尋ねてきた父に、私は即答した。あるわけがない。
そんな私の反応が想定通りだったのだろう、父も私に負けない速さで「ははっ」と一転破顔した。
「早ければ、明日からお前に次の縁談の申込が来るだろう」
「はい」
父がスレイン王子の三文芝居を目にしたということは、他にも多くの貴族が目撃したと思われる。
あの庭園は、主要な通路の中央に位置するのだ。だから庭園へ入ることを許可されている者は、近道としても利用していた。あのときの私もそう。
そして「庭園へ入ることを許可されている者」は、私と身分が釣り合う家格の場合が多い。父が言うように、我先にと縁談の手紙を出す家も多いことだろう。王家と縁を結べなかったとしても、ノイン家が権力者であることに変わりはない。
「手紙や贈り物を受け取るのは構わない。だが、お前自身が返事を出したり相手と会ったりするのは、来月の卒業パーティーの後にしなさい。卒業パーティーのエスコートは、私が務める」
「いいのですか?」
「シアがアレを筆頭とした害虫に集られては、かなわないからな」
父の意外な返答に、目を瞬く。
『無能王子』からの『害虫』指定。言い方からして、父は私を守ってくれるらしい。どころか、婚約破棄の原因が向こう側にのみあると信じてくれている様子。
あの場面を目撃したとは言っていたが、ここまで私の味方をしてくれるとは思っていなかった。重要な王家との繋がりを断たれたという事実には、違いなかったから。
加えて、婚活を先送りしていいというのも予想外だった。次に婚約できる一ヶ月先までに、候補者との親交を深めておくよう言われると思っていた。
今回のことで当然影響は出るだろうから、慎重になっているのだろうか。あるいは私を憐憫の目で見ている父の親心だろうか。
後者であれば、少し申し訳ない。私にとって婚約破棄は願ったり叶ったりで、気落ちするどころか喜んでしまったわけだから。