学校イチのイケメン問題児が、なぜか私を溺愛してくる。
第五話





ーーー触れられている手が、あつい。



◯夕方



踊り場から詩織と真綺のふたりが出ていく姿を見つめる彼方。



彼方「……」




◇正門近く(の道路)


詩織の手をつかんでスタスタと正門を出る真綺。


あまりにも速いから、止まってという思いを込めて詩織は呼びかける。


詩織「ねえ、」


だけど、聞こえていないのか、真綺が足を止める気配はない。


ーーーあれ

なんか、桐谷真綺の手もあついようなー…



詩織「止まって……!」



無言をつらぬく真綺の手をぐいっと引っ張ると、ようやく真綺の動きが止まった。


そこで真綺はハッと目を見開く。

何かから覚めたように。



真綺「あ…ごめん」

詩織「歩くの速すぎ……」



真綺が詩織の呼びかけに気づいた瞬間、繋がっていた手が離れた。


いくらか運動はできるとはいえ、歩くスピードは男子には敵わないらしく。


ハアハアと息があがった状態で、真綺を見ると、どこか影を落とした表情だった。



詩織「(どうして……?夕日のせい?だけど……)」

詩織「ねえ、大丈夫?」


なぜか心配になって、そう言うと、



真綺「全然大丈夫じゃない」

詩織「へ?」


なんか不貞腐れてる!?

むすっと、食い気味な返事に、ことんと星が落ちてきた。


詩織「っわ、ちょ…っ」


ぽす、と真綺は自分の頭を詩織の肩にうめる。



真綺「あいつと、距離近すぎ」

詩織「あいつ……って目黒くんのこと?別にそんなことは…」

真綺「近い」


な、なんかオーラが黒い……!?



真綺「俺も生徒会役員だったら、会長と一緒に遅くまで学校に残れるし……理由なく、側にいられるのに」


最後の言葉は声が小さくて、詩織には聞こえなかった。


詩織「……なんて?」

真綺「……なんでもない」



そう言いながらも、ぎゅ…とさらに顔を埋める真綺。

詩織は普段とは違う真綺の様子に戸惑う。



詩織「っねえ、くすぐったい、から」


離れて


そう言おうとしたのに。



真綺「無理。絶対離さない」

詩織「っ…」



今日の桐谷真綺は、何だかおかしい。



詩織「(……ていうか、私もおかしい)」


ーーもうしばらくはこのままでいいかも、なんて。



自分の考えに驚いていると、真綺はようやく詩織から離れた。



詩織「(……ちょっと、寒くなった)」

そして、諦めたようにはあ、とひとつのため息がそこに響く。

真綺の顔は、まだ見えない。



真綺「こんなに深いはずじゃなかったんだけどなあ」

詩織「え?」

真綺「会長のせいだからね」


詩織「……!?」



真綺は「降参」と言いたげな表情で、詩織を見る。

いつもの悪い笑みじゃなくて、何か宝物を見つけたような、そんな優しい笑顔で。


詩織は真綺の言葉に困惑しつつも、顔を赤くせずにはいられなくて。

なぜなら。




ーーなんか、見つめてくる瞳が


さっきよりも熱くて、甘い。



何かを訴えるように。強くて、優しくて。




真綺「あーあ、これからどうしよっかな」


詩織「(……心臓が、いたい)」




ぎゅ…と詩織は自分の胸元あたりのシャツを握りしめた。




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◯翌日
◇下駄箱



詩織が脱いだローファーを靴箱に入れようとしているときに、彼女に呼びかける声が降ってきた。



彼方「ーーあ、瀬川」

詩織「っあ、目黒くん、おはよう」

彼方「おはよう」



詩織「(何だか気まずい……。昨日の、バッチリ見られたし……)」


もしかしなくても私、冷静さ欠きまくってなかった…!?


だんだんと顔色がわるくなっていく詩織。
その顔には「やっちゃった……」という気持ちが全面に表れている。


彼方「昨日さ」

詩織「っえ」



どき、と心臓がわるく音を立てる。



彼方「仕事、大変だったね。お疲れさま」

詩織「あ、うん……」

  「(びっくりした……。帰りのこと聞かれるかと思った…)」



詩織はほっと息をついて、張り詰めていた緊張を和らげる。


しかし、安心したのも束の間。



彼方「ふ、桐谷とのこと、聞くと思った?」

詩織「え?」



いつも通りの柔らかい笑みは崩さず。

彼方はチラ、とどこかを見た後、さっきよりも詩織と距離を詰めた。



彼方「瀬川と桐谷はクラスメイトでしょ?しかもこの前、先生が瀬川に頼んだって聞いた」

詩織「そう、なの」



そう言った瞬間、後ろから何かにふわりと包まれる。


真綺「はい近い、離れて」

詩織「(……!?き、急に……!)」
 

詩織が驚いて固まっているその数秒の間、真綺と彼方は無言で、見つめ合う。
彼方はにっこり笑顔、真綺はうっすら笑みを浮かべて。



真綺「さっきの、わざとでしょ。煽ったつもり?」

彼方「何のこと?」

真綺「…へー…とぼけるんだ。そうなら容赦しないけど」

彼方「ふたりはクラスメイトでしょ?」

真綺「そちらも生徒会役員同士、でしょ」



冷たい眼差し同士でバチバチと火花を散らす真綺と彼方。早口で繰り出される攻防。


詩織は真綺の腕に巻き付かれている上、2人が何の話をしているのか分からない。


冷静を保ったフリをしながら困惑しているなか、ここが今、どこだか気づく。



詩織「っここ、靴箱!生徒の邪魔!」



他の生徒たちがざわざわと、詩織たち3人を見ていたのだ。


生徒「見た!?会長、桐谷くんにバックハグされてたんだけど!」

生徒「あのふたり付き合ってるの?同じクラスだよね!」

生徒「私達の生徒会長が……」

生徒「彼方くんかっこいい〜」



案の定、注目の的。



詩織「用事を思い出したので、先に行きます!」



必死に隠そうとしている真っ赤な顔が、今にも晒されてしまいそう。


この状況を見られていたという恥ずかしさで、詩織は二人を置いて先に教室に走った。




真綺「……」

彼方「……」


無言で見つめ合うふたり。珍しい組み合わせと、その絶大な美貌は通る生徒たちの目を必然と集めている。


ーーが、その雰囲気はとても良いとは言いがたく。



彼方「ねえ、本気?」

真綺「……何が?」



彼方は人当たりの言い笑みを浮かべて。真綺は彼方に冷たい表情を見せる。

さっきの詩織が、いたときの豊かな表情はどこで行ったのか。



彼方「言わなくても分かるでしょ?」

真綺「……」



無言をつらぬく真綺に彼方はにこ、と少し首を傾けながら微笑む。



彼方「まあ今日は宣戦布告、ってことで」


じゃあね、と教室へ向かおうと彼方はくるり、体を回転させる。



真綺「言っとくけど」


だけど、ようやく口を開いた真綺の言葉が彼を引き止めて。

 

真綺「隣は俺がもらうから」


彼方「……そ」



彼方は少し顎を上げて流し目気味に真綺を見たあと、今度こそ教室へ向かった。




真綺「……あーあ」


彼方が去った後、真綺はその場で独り言をつぶやく。



廊下を歩く詩織はその頃、パタパタと手で顔を仰ぎながら、赤くなった頬を冷ましていた。


詩織「(まだ冷めない……!)






真綺「ほんと、らしくない」






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