そして美しい雨に染まる
 「……奈さん。戸坂晴奈さん」

 低くて、芯のある太い声が聞こえて、ハッとする。

 いつもの、高澤雨音だ――。

 「高澤雨音っ!」

 「……もしかして、あの日のこと知っちゃった?」

 やっぱりそうなんだ、と確信する。

 自分の記憶にあるピースが揃ってしまったから。

 「雨が降っていた入学式の日、私は事故に遭ったんだね」

 そう言うと、高澤雨音はゆっくり頷きながらまた、涙を流した。

 「私いま、幽体離脱? っていうやつしてるのかな」

 「……うん。多分」

 きっと本当の自分は、いまも病院のベッドで意識不明の状態で寝ているのだろう。

 自分の体はここにあるのだから信じられないけれど。

 「どうして分かったの、戸坂晴奈さん」

 「……さっき夢を見たの、入学式の日のこと。見たことがある光景だった。確かに私、子猫を助けようとしてトラックにはねられたんだって思い出した。それで全ての記憶のピースが揃ったんだ」

 この前の放課後、女子生徒が高澤雨音の話題はかりで私の存在に気づいていなかったこと。

 そのときに私は高澤雨音にハンカチを差し出したけど、受け取ってもらえなかったこと。

 ――それはきっと、私本人や私が持っているものに触れることができないからだろう。

 「……でも私ね、一つだけ分からないことがある」

 私がいま、幽体離脱をしていることは分かった。

 でもどう考えても分からなかったこと――。

 「どうして雨の日だけ、高澤雨音は泣くの?」


 高澤雨音が涙を流す理由。


 「俺、戸坂晴奈さんのことが好き」

 「……えっ」

 私いま、高澤雨音に告白された……よね?

 幽体離脱だけど、夢じゃないよね?

 「入学式のとき、窓から戸坂晴奈さんの子猫を助けようとする姿を見たんだ。まさか本当に助けるなんて思わなかったよ。……はねられたとき、地獄のような光景だった」

 高澤雨音は、出会ったときから私のことを見てくれていたんだ。

 途端に、頬に冷たい粒が伝わった。

 「そう思っていたら戸坂晴奈さんが透明な姿で教室に入ってくるんだもん、驚いたよ」

 私は自分がトラックにはねられたことを忘れて、高澤雨音と会ったんだ。

 ……なんて恥ずかしいのだろう。

 「俺戸坂晴奈さんのことが好きなんだって、きみと話すうちに分かったよ」

 「……私も、高澤雨音のことが好き。大好き。晴れよりも輝いてる……!」

 その瞬間、高澤雨音は私を抱きしめようとしてくれた。触れることができないのがこんなに虚しいだなんて……。

 「大丈夫だよ、戸坂晴奈さんなら。俺待ってるから。何年でも。何十年でも。戸坂晴奈さんが太陽より輝いてる、その日まで」 

 「……うん、高澤雨音、待ってて。高澤雨音は大嫌いな雨に染まらないでね。絶対待ってて」

 私たちならきっと、大丈夫。それに私なら絶対に、大丈夫。

 だって太陽より輝いてると、誰よりも好きな人が言ってくれたのだから。
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