そして美しい雨に染まる
 朦朧(もうろう)とした意識のなか、目が覚めた。体中が地面に叩きつけられたように痛い。

 ゆっくりと体を起こし辺りを見回すと、病院の部屋だった。どうやら私は眠っていたのだろう。

 ――でも、何でだっけ?

 「……ん」

 か細いけれど芯のある声にハッと気がつくと、隣の椅子に座りながら眠っている男性がいた。

 「ひゃっ……だ、だれ!?」 

 目元まである長い前髪が、窓からの風にサラッと靡く。

 ――高澤雨音。

 私の薄い薄い記憶の欠片が、そう言っている。彼の名を呼んでいる。

 「たかさわ……あまね」 

 「――やっと会えたね、戸坂晴奈さん」

 瞬間、高澤雨音は私のことを強くぎゅっと抱きしめてくれた。

 あぁ、本物の高澤雨音だ。あのとき触れることができなかったけれど、いまはこうして触れることができている。

 戸坂晴奈さん、と呼ぶ彼の声を懐かしく思う。

 「高澤雨音、いま、何年?」

 「……俺は今年から専門学校に入る。いま、四月だよ」

 「うわぁ、私まだ高一なのかぁ」

 って、そんなことよりも。あのときから三年の月日が流れたんだね。

 高澤雨音はその三年間、ずっと私のことを待ってくれていた。太陽よりも輝く、私のことを。

 「ご両親と医師に伝えてくるよ」

 「……待って、高澤雨音」

 私は深く深呼吸して、口を開けた。あのとき伝えられなかった言葉を、いま伝えるんだ。

 「ありがとう、高澤雨音」

 「……だって、約束したでしょ。俺ずっと待ってるって」

 「ううんそのこともだけど、あのときからずっと隣にいてくれてありがとう」

 きっと高澤雨音の涙の理由は、私がトラックにはねられた日は大雨だったから。

 それがトラウマで、高澤雨音は雨の日は必ず涙を流していたのだろう。

 ――でも、雨が美しい理由を聞けていない。

 「ねぇ、高澤雨音。雨が美しい理由って――」

 「雨降ってきたよ。戸坂晴奈さんは雨女なのかな」

 「だ、だからっ、女性って言って!」

 「……普通、雨女って言うでしょ」

 三年経っても、高澤雨音は変わっていない。私が知っている、高澤雨音なんだ。そう思うと胸がホッ、とした。

 「……雨が美しい理由ね。それは――」


 『戸坂晴奈さんは晴れの日しか輝けないって言ってたけど、雨の日は更に輝いてるよ。薄暗くて地獄のような雨だからこそ、戸坂晴奈さんがきらきらしてる』


 余裕そうに言ったと思えば、言い終わったあと高澤雨音は耳まで真っ赤にした。

 「直接伝えられなかったからいま言うね。……戸坂晴奈さんのことが好き。太陽よりも輝いている、きみのことが」

 「――私も、高澤雨音のことが好きだよ。大嫌いな雨よりも高澤雨音のことが大好き」

 やっぱりどんなことがあっても私は、「戸坂晴奈さん」と呼ぶ彼のことが好きだ。

 きっと大丈夫。太陽よりも輝いている私と、美しい雨に染まっている彼なら大丈夫。

 私達は涙を流さずに美しい雨を見つめながら、微笑みあった。
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