そして美しい雨に染まる
 五月八日。

 外から聞こえる物凄い雨音が教室に響く。まだ五月だけれど、梅雨の時期が近づいて来ているのを実感した。

 もし毎日雨が降ったら、あなたは毎日泣いているのだろうか。そんなことを考えながら今日もまた、あなたの泣いている姿を目にする。

 ――高澤 雨音(たかさわ あまね)。高澤雨音は雨の日の放課後は必ず涙を流す。それがどうしてかは分からないけれど。

 「高澤雨音」

 私が彼の名を呼ぶと、彼は私の方へ振り向いた。やはり高澤天音は何粒もの涙を流している。

 儚くて消えてしまいそうな、透明な涙だ。自分でも変だと分かっているけれど、美しいと思ってしまう。

 「また泣いてるんだね。高澤雨音はどうして雨の日だけ泣くの?」

 「……雨が、美しいから」

 高澤雨音は、小さい声でボソッと答えた。雨が美しいから涙を流すというのは理由になっているのだろうか……?

 疑問に思いながら、更に彼へ一歩近づく。

 「そんなに雨って美しいかなぁ。綺麗だと思わないんだけど」

 私は窓の向こうにある、雨の景色を眺めながらそう言った。

 低気圧のせいで頭痛や目眩がするし、雨というだけで何もする気力がなくなってしまう。決して美しいとは思えなかった。

 「……戸坂 晴奈(とさか はな)さんには、分かんないんじゃないかな」

 「えっ、それ私のこと馬鹿にしてる……っ」

 やっぱり高澤雨音はひどいなぁ。

 そう思いつつ、普通に話せていることがとても嬉しく感じる。

 「じゃあ、雨が美しい理由が知りたい。高澤雨音の泣いている理由を見つけたい。一緒に探して、高澤雨音!」

 冗談半分で言ったつもりだったのに、高澤雨音は食い気味に頷いていた。

 この日から私は高澤雨音と共に、雨が美しい理由を探すことになった――。


 一ヶ月前。高校に入学したばかりの日、運悪く雨が降っていた。学校が終わって帰宅しようと歩き出したとき、傘を持ってきていなかったことに気がついた。

 仕方なく雨宿りしようと教室へ戻ると、窓の外の雨を見つめながら涙を流す男性がいた。大人しそう、と思っていた人物――それが高澤雨音だった。

 高澤雨音の涙に興味を惹かれ、私はここ一週間で雨が降っている日は、勝手に高澤雨音の傍にいることにした。 

 晴れの日は泣かないのに、雨の日は決まって涙を流す高澤雨音のことをつい目で追ってしまう。こんなの私だけだろう。

 高澤雨音は無口で、喋るとしても小声で何言っているかよく分からない。きっと雨の日に泣くのも、何か理由がある、そう思った。
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