そして美しい雨に染まる
 五月十日。

 「……戸坂晴奈さん、昨日言ったこと本気だったんだね」

 「もちろん本当だよ! 高澤雨音の涙が気になるんだから。それにフルネーム呼びやめてよね」
 
 「それなら戸坂晴奈さんも、俺のことフルネーム呼びじゃないか」

 私達はお互いの名前をフルネーム呼び。こんな不思議な関係、世界中どこ探しても見つからないだろう。

 今日の天気はくもり。雨は降っていないから、高澤雨音は泣かないんだろうな。

 「ねぇ、高澤雨音は晴れが嫌いなの?」

 「……別に」

 「んー、じゃあ雨は好きってこと?」

 「いや、好きじゃない」
 
 思わず転けそうになったんだけど。

 雨が嫌いなのに、美しいと思ってるってことだよね?

 高澤雨音の矛盾している答えに、私は不思議でたまらなかった。

 「むしろ、大嫌い」
 
 でも。高澤雨音の真剣で真っ直ぐな声色(こわいろ)で、少しだけ分かった。雨が嫌いな理由が絶対にあることを。

 「戸坂晴奈さんこそ、晴れが好きなの?」

 「うん、私は晴れ好きだよ。なんたって名前に “晴れ” が入ってるんだからね!」

 自分の名前に晴れという文字が入っている。それに私は常に光り輝く太陽のような存在で在りたいと思っていた。みんなの憧れになれる、人気者のように。

 だからどんよりとした、暗い雨は嫌いだ。

 「私はみんなの憧れになりたい。眩しく輝けるように頑張りたいの!」

 「……戸坂晴奈さんって、やっぱり変わってる女だよね」

 「なにそれ、それ言うなら高澤雨音のほうが変わってるでしょ! それに女って言わないで女性って言ってよっ」

 高澤雨音と話していると、雨の日や今日みたいな曇り空でも心が晴れやかになる。ただの陰キャでアンニュイな、私とは真反対の人なのに。

 「戸坂晴奈さんは、どうしてそんなに輝けるの?」

 「……みんなの憧れになりたい。そう思ってるだけ」

 「やっぱり戸坂晴奈さんは変わってる女性だ」

 一応、さっき私が軽く注意したことは気をつけているのだろう。高澤雨音のこういうところは憎めないなぁ。

 高澤雨音の切ない表情に、私は心の奥が揺さぶられそうになった――。
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