そして美しい雨に染まる
 五月十五日。

 数日間晴れが続いて、やっと雨が降る日がやってきた。高澤雨音の涙の理由を知れる、絶好のチャンス。雨が降っていてこんなに喜ぶなんて初めてだ。

 「はぁ、疲れた……お疲れ、高澤雨音!」

 私はうーんと腕を高く上げ、背伸びをした。

 「お疲れ様、戸坂晴奈さん。……そういう姿、異性に見せないほうがいいよ」

 「ただ背伸びしてただけですっ! 高澤雨音、実は変態なんじゃないの?」

 「……どうかな」

 高澤雨音はそう言いながら笑ったと思えば、窓外の雨を見ながら今度は涙を流した。

 どうして彼はそんなに情緒不安定なの。

 「高澤雨音、また泣いてるの?」

 「……勝手に出ちゃうんだから、仕方ないでしょ」

 「嘘、何か考えてて泣いてるんでしょ……っ!」
 
 あれ、何でだろう。人のことなのに、腹が立ってしょうがない。

 高澤雨音の気持ちなんてどうでもいいはずなのに。ただ雨が美しいことと、高澤雨音が泣く理由を探しているだけなのに。

 「ごめん、高澤雨音」

 「……俺、こそ。そうだね、俺、寂しいんだろうなぁ」

 「寂しいって? それも高澤雨音の涙に関係してるの?」

 「まぁ……」

 何その返事、それじゃあ分からないじゃない。

 でも私、高澤雨音のこういうミステリアスな雰囲気、嫌いじゃないんだよなぁ。落ち着く、っていうか。

 自分と真反対だからこそ、高澤雨音と一緒にいると心が弾むんだ。

 「戸坂晴奈さん、は」

 突然、高澤雨音が私に話題を振ってきた。

 高澤雨音から私に話しかけるなんて、初めてじゃないだろうか。私は耳を傾けながら話を聞く。

 「どうして雨が嫌いなの?」

 「んー、やっぱり気分が上がらないからかな。雨の音とか、空の色とか、空気とか。全部、真っ暗な世界じゃない? 雨じゃ私、輝けない」

 「……そんなことないと思うけど」

 高澤雨音のその言葉、どういう意味なのだろう。

 私は雨じゃ輝けないと思っているけれど、高澤雨音は雨でも私が輝けるってこと?

 「た、高澤雨音こそ何で雨が嫌いなの? 美しいって思ってるんでしょ?」

 「嫌いじゃないよ」

 「……え?」

 「大嫌い」

 ……高澤雨音って、こういうところが変わってるよね。

 以前と同じように、高澤雨音の『大嫌い』という言葉は芯のある強い声だった。

 「……戸坂晴奈さんなら大丈夫だよ」

 「へ? なにが?」

 「俺の涙の理由、きっと探し出せる」

 高澤雨音の長い前髪が、サラッと揺れた。

 高澤雨音に言われれば、私は何でも出来る。そんな予感がした。
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