エフェメラ
「わぁ、いっぱいだね、梅。ずっと行きたいと思ってたから嬉しい」
「良かったね」
「うん、ちょっとあの白い梅のところ行ってくる」
 娘は小走りで梅の木が密集しているところへと向かって行った。こういう無邪気なところを見ると、娘は大人っぽく見えてもまだ子供なのかもしれないと思う。
 人ごみを軽くかき分けて、娘の方へ急いだ。
 娘は梅の花について説明した看板をまじまじと読んでいる。そういえば、昔からあやめは植物が好きだった。誕生日に植物図鑑をプレゼントしたことを思い出した。
 看板の説明に目を向けながら、娘が呟く。
「白い梅とピンク色の梅があるけど、私は白い方が好きかも」
「どうして?」
「冬の終わりの雪解けみたいに、気丈に咲いているから」
「春一番に咲くお花だし、気丈に見えるね」
「そう。だから好き」
 強い春風が、梅の花びらを時折散らす。
 娘の長い髪に花びらが一つついていた。
「花びら、ついてるよ」
「え、どこどこ?」
「前髪の根本のあたり」
 前髪をちょんちょんとつまみながら、花びらを掴み、それを見つめてにこっと笑っている。小さな黒いバッグからスケジュール帳を取り出して、それに花びらを挟んでいる。
「持って帰るの?」
「思い出にって」
「そっか」
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