余命2年の王子様

#01『同じ部屋になったあなた』

階段から落ちて、足を骨折した高橋麻里亜。
都内の会社で働くOLだ。

あの日の朝は、急いでた。寝坊して、髪のセットもメイクもしないで慌てて走ったのがいけなかった。

もっと早く寝て、早く起きればいい話なのだが、残業当たり前なブラック企業のため、早寝は、難しい。


『高橋さん、しばらく入院ですね。』

『にゅ、入院ですか?』

入院と単語に思わず、ビックリした。
なるとは、思ってもみなかったからだ。
医師は、淡々と話す。

『ええ。足の骨にヒビ入ってますよ。これは、3週間くらいですかね。』

3週間も入院か。麻里亜は、一気に絶望へと気持ちが沈んだ。
まず、都内の実家に住んでる家族に入院しなければならないこと、入院に必要な道具もそろえなくては、いけない。

『わかりました。』

『じゃ、手続きしましょう。』

『車椅子にどうぞ。』

優しい看護師さんに車椅子に載せてもらい、手続きする場所まで押してくれた。
今の麻里亜には、その優しさが身に染みた。

『ご家族の方には、病院から連絡しますので、手続きの書類書いて待っててくださいね。』

看護師さんに言われて、書類書いて待ってる事、30分後、看護師さんと一緒に母が来た。

『麻里亜、あなた大丈夫?階段から落ちたって聞いてびっくりだよ。』

『まぁ、骨折で済んだのが幸いかな。』

『これ、必要な着替え、歯磨き粉、歯ブラシ、暇つぶしの小説、入ってるからね。』

『ありがとう。』

わざわざ実家から持って来たのかな。実家は、自宅から車で1時間かかる。

『病室に案内しますね。』

看護師さんの後ろついていくと、5階の部屋に案内された。

『柚木さん。今日から1人部屋に入られます。よろしくお願いします。』

看護師さんが1人の男性に話しかけた。

『はい。わかりました。』

声は、とても穏やかな感じだ。
顔は、病のせいなのか?少し痩せこけてるけど、爽やかな青年である。

『柚木彰です。話し相手ができてとても嬉しいです。』

『高橋麻里亜です。よろしくお願いします。』

男性と2人きりなんて経験のない麻里亜は、緊張した。
会社でも異性と2人きりなんてことは、ないからだ。

『高橋麻里亜の母です。どうぞよろしくお願いします。』

『はい。こちらこそ。』

母は、柚木さんに挨拶して、帰っていった。
病室に話し相手いるだけで、3週間は、退屈しないですみそうだ。

『柚木さん、検査の時間ですので、行きましょうね。』

『はい。高橋さん、またね。』

『は、はい。』

柚木さん、何の病気だ?聞かないでおこう。
聞かれたくないかもしれない。

麻里亜は、ベッドで小説を読むのだった。

ーーーーーーーーーー

数時間後、うとうとしていたら、柚木さんが病室に帰っていた。

『あ、おかえりなさい。』

あまりにマヌケな声に自分でも恥ずかしい。
柚木さんは、優しく笑いながら

『ただいま。起こしたらいけないと思って、声かけなかったんだ。』

気遣いが優しい。麻里亜は、彰の優しさに身に染みたのだった。

『高橋さんって、ギプスしてるあたり、骨折かな?』

『あ、はい。今朝、駅のホームで慌てて階段から落ちました。お恥ずかしい。』

『僕も昔、よく階段から落ちたことあるから、恥ずかしくないよ。それより、失礼だけど、高橋さんっていくつなの?』

『えーっと。25歳です。』

『同い年だ。敬語やめよう。お互いに名前で呼び合わない?麻里亜さんって呼んでいい?』


彰と同い年ということに嬉しくなった麻里亜は、笑顔で頷いたのだった。


ーーーーーーーー

入院2日目の朝

『彰さん、朝ごはん残してるけど、大丈夫?』

今朝は、麦ご飯、味噌汁、焼き魚、ほうれん草の胡麻和え、お茶、りんごだ。

彰は、どれも半分ずつしか食べていない。

『うん。体調あまりよくない時は、いつも半分残しては、看護師さんに怒られるから。でももう慣れてるから平気』

彰の病ってそんなに重たいのかと麻里亜は、気持ちが凹んだ。

『でも食べなきゃ治るもの治らないよ。せめて、ごはんだけでも完食しよう。』

『うん。そうだね。もうちょっと頑張って食べるよ。』

そう言って、彰は、ご飯を食べ始めた。


数十分後

『食器下げにきました。高橋さん、しっかり食べましたね!』

『はい』

すると看護師さんは、びっくりした。

『柚木さん。どうしたの?珍しく完食じゃない。』

麻里亜は、耳を疑った。ご飯だけかと思ったからだ。まさか全部完食してるとは、思わなかった。

『しっかり食べて、元気になりたくて』

『やっぱり可愛い女の子がいたら、違うのかしらね。』


顔から火が出た。彰の前で私の事、可愛い女の子と言わないでほしい。
私は、ブスでもなければ可愛いわけでもない。
平均よりちょい上か下くらいしか思ってないからだ。


『じゃあ、このこと、主治医に話しておくね!』

看護師さんは、笑顔で去っていった。


『麻里亜さんのおかげだよ。』

『え?』

何を言い出すんだろうと彰は、続けた。

『麻里亜さんが来る前は、ずっとご飯残してばっかだった。どうせ治らない病だしと思っていたからね。』


治らない病?

その単語に引っかかったが、彰は、続けた。

『麻里亜さんが食べなきゃ治らないって言ってくれたから、僕は、食べたら絶対治して元気になるって気持ちが芽生えたんだ。ありがとう』

彰さんって一体、何の病気なんだ。

麻里亜の中で彰は、もしかしたら、深刻な病では?と疑い始めた。

その日の夜

ギプスのため、髪は、ドライシャンプーで済ませる。異性の前でお風呂に入らないのは、女性である麻里亜は、恥ずかしかった。

『お風呂入れないのは、嫌だなぁ~。』

ボソッと本音が出る。

『僕なんか1週間に1度入れるか入れないかだよ。』

彰が優しく笑う。

『彰さんは、まだいい方だよ。』

ーーーーーーーーーー

消灯時間となった。彰が麻里亜に話しかけた。

『麻里亜さんってお父さんいないの?聞いたらいけなかったら、ごめんね』

『お父さんは、小さい頃、病で亡くなった。』


あの時、小さくて病の名前すらわからなかった。
お母さんが『余命が』とか言ってたのは覚えてる。
暫くして、父さんの病を母から教えて貰えると思ったが、教えてくれなかった。

『そうなんだ。聞いてごめん』

『大丈夫。小さい頃の話だから。あれから母さんは、女手1つで私を育ててくれて、私は、高卒で事務職に就いて、母さんに仕送りしてる。』

あれから苦労した。だから、母には、楽になってほしくて、仕送りしてる。

『僕は、両親いないんだ。』

麻里亜は、息を飲んだ。彰は、続ける。

『高校生の頃、2人とも事故で亡くなって。
学費は、兄貴のバイト代と僕のバイト代でなんとかなったんだ。卒業後、間もなく病に倒れた。
たまに兄貴が見舞いに来てくれるんだ。麻里亜さんに会わせたいんだ。いいやつだから、きっと仲良くなれるはずさ。』

すごいなぁ。バイトしながら、学費稼ぐなんて。

麻里亜は、改めて彰を感心したのだった。
穏やかな彰から『兄貴』という言葉出たのは、ちょっと意外と心で思った。

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