捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
 机の中の私物はあまり多くない。
 文房具をカバンに詰め、ロッカーにスーツケースを取りに行き、由紀は会社のゲートの外で従業員証を同期の菜々美に手渡した。

「おかしいよ、なんで由紀が!」
「ありがと、菜々美。元気でね」
 私のために泣きながら怒ってくれる菜々美の気持ちが嬉しい。
 泣き顔のまま由紀は電車に乗ってマンションへ。
 この時間ならまだ春馬は帰ってこないはず。
 もともと服も少ない由紀は、もうひと回り大きいスーツケースに大事なリッカの雑誌と服を詰め込んだ。

 自分の歯ブラシやスリッパは全部ゴミ袋に。
 春馬から貰ったものも全部ゴミ袋に突っ込んだ。
 今日はゴミの日ではないから捨てられないけれど、そのくらいは春馬だってやってくれるだろう。
 布団や家具は無理だからこのままで。
 靴や鞄も持った由紀は鍵を閉めて、新聞受けから鍵を部屋の中に落とした。

「会社をクビになったなんて、お母さんになんて言おう……」
 スーツケース2個をガラガラと引きながら由紀は東京駅へ。
 もうきっと一生来ることがないだろう東京駅を最後に見てから田舎に帰ろうと思った由紀は、東京駅で一番好きな丸の内南口に向かった。
 
「……やっぱりすごいなぁ」
 美しい吹き抜けのドーム状の天井を真下から見上げるのが好きだ。
 いつ見ても綺麗で憧れる。
 いつか一級建築士の資格を取って、こんな建物をデザインしてみたかったけれど……。
 
 きっともう叶わない。
 由紀はキュッと唇を噛んだ。
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