捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「どうして家も仕事も無くなったんだ?」
「あ……、実は」
 由紀は言うか迷ったが、結局素直に話すことにした。
 昨日助けてもらったのに、理由は言えませんとは言いにくかったからだ。
 
「最低だな、その男」
「そう、ですよね」
 よかった。全然知らない人が聞いても、春馬の方が悪いって思ってもらえた。
 この人になら全部話せそうだ。
 会社では言えなかったデザインのことも。

「私も建築デザインの仕事をしていたんですけど、実は彼が出したコンペのデザインの一部は私が考えたもので……」
 由紀はスケッチブックに描いてあった案をそのまま真似されてしまったこと、模型も中心部分はほとんど自分が造ったことを話した。
 今更どうにもならないけれど、会社の人にも言えなかったけれど、誰かに聞いてほしかったのだ。

「今、スケッチブックは持っているか?」
「あ、はい。ここに……」
 由紀はカバンからスケッチブックを取り出す。

「……その雑誌、」
「あ、これ、私が尊敬しているドイツの建築家のリッカの作品がついていて。ずっと持ち歩いているんです」
「……リッカ……?」
「あ、昨日泊めていただいた事務所にもドイツ語、ですか? 雑誌が置いてあって。すみません、勝手にスマホで写真を撮ってしまいました」
 由紀は慌ててスマホを取り出し、写真を見せた。

「いや、それは構わない。なんなら、雑誌もあげるよ」
 捨てるくらいなら貰ってくれた方がいいと言う男性の言葉に由紀は思わず「ください!」と言ってしまった。
 予想外の大きな声に男性が吹き出す。

「いいよ。あとで取りに行こう。その前にスケッチブックを見せてもらっても?」
「あ、はい。どうぞ」
 由紀はスケッチブックを男性に手渡すと、水が入ったグラスに手を伸ばした。
 冷たい水が喉を通っていく。
 少しレモンの風味のあるその水のおかげか、ずっとモヤモヤしていた気持ちが少し薄くなったような気がした。
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