捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「……へぇ。すごいな」
 男性は由紀のスケッチブックを真剣に見てくれた。
 もっとパラパラと適当に見るのだと思っていたのに。

「……ここのアーチ、こんなに曲げるのは無理じゃないか?」
「どうして見ただけでわかったんですか? そうなんです、強度が足りなくなってしまって」
 由紀はその隣のカーブが緩いアーチを指差す。

「これが限界でした」
 強度計算をしたら半分も曲げられなかったと由紀は素直に答えた。

「この角度にしたいなら、この裏の壁の中に……」
 男性はテーブルの上の紙ナフキンにボールペンでサラサラと案を描いていく。

「……すごい」
 実現不可能だと思っていた由紀のデザインが生かせるアイデアに変わったことに由紀は息を飲んだ。
 男性は次のページも、その次のページもゆっくりと見ていく。
 
「これは造るのが大変そうだが、空間が広く見えるからいい案だな」
 男性が見てたのは春馬が使ってしまったあのデザイン。

「……それを、コンペに」
 使われてしまった物はもう自分の時には使えない。
 良い案だと言われたことは素直に嬉しいが、そのぶん余計に由紀の心は沈んだ。

「……田舎はすぐに帰らないといけないのか?」
「住むところもお金もないので」
 実家しか頼れるところがないと由紀は答える。

「昨日見た通り、事務所は片付け中でもうすぐあの事務所も廃業するんだが、しばらく手伝わないか?」
「え……?」
 思いもよらない男性の言葉に由紀は目を見開いた。
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