捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
 高級ハンバーグと言ったけれど、まさかこんなにすごい店に連れてこられるとは思っていなかった。
 普段着で入ってはダメなのでは? と誰でも思うだろう景色とスタッフの黒服さん。

「時間前に悪いな」
「大丈夫ですよ」
 店は貸し切り。
 いや、開店時間前だ。
 
「ここは予約でいっぱいだから、こんな早い時間で悪いな」
「い、いえ。それよりこんな格好で……」
 予約がないとダメな店で開店前ならOKってどういうこと?
 若干パニックな由紀に、黒服さんは「お気になさらずに」と言ってくれた。

 何も頼んでいないのに運ばれてくる料理。
 前菜から順番に運ばれてくるこれはコース料理?

「ここのコーンスープが好きなんだ」
 確かにおいしい。
 けれど、きっと庶民には高すぎます、この店!
 ハンバーグももちろん美味しかった。
 お洒落に盛り付けられたデザートも。
 
「これ、挑戦してみないか?」
 律がスマホで見せたのはコンペの募集要項。
 応募できるのは一級建築士、しかも免許取得前の実務経験期間を含む、だ。

「都市再開発……?」
「あぁ。駅前をまるごと好きにしていい」
「……楽しそう」
 1つのビルではなく、駅前全部。
 ロータリーを作ること、駅と商業施設はつながっていること、宿泊できる施設をつくることなど、細かい条件はあるけれど。

「やってみたいです」
「由紀ならそう言うと思った」
 三ヶ月しかないけれどがんばろうと言われた由紀は目を見開いた。

「律さん、まだ日本にいていいんですか?」
「早くドイツに帰れって? 冷たいな、由紀」
「ち、違います。だってだいぶ前に事務所も片付いたのに、試験が終わるまでいてくれて、まだあと三ヶ月も、」
「こっちでやっているから大丈夫だ。それにもう少しだけ爺さんの近くにいてやりたいんだ。俺にはもう爺さんしかいないからさ」
 私のためにいてくれるなんて盛大な勘違いをしてしまった自分が恥ずかしい。
 入院しているお爺さんのため。
 そうだよね。
 律の両親はもういない。
 だからお爺さんの面倒を見るのは律しかいないのだ。

「じゃあ、あと三ヶ月、しっかり律さんから学びます!」
「今のところ、一番弟子だからな」
「今のところって、」
 二番弟子に格下げされるんですか? と不貞腐れた由紀の頬を律はそっと撫でた。
 いや、だからそういう天然な動作はダメですって。
 ドイツでは普通かもしれないですけど、日本ではそういうことは好きな子にしかしちゃダメです。
 そっと撫でられた頬が熱い。
 たぶん今は顔が真っ赤だ。

「よし、再開発される駅を見に行こう」
「今からですか?」
「あぁ、現地を見てイメージを掴むんだ」
 手を差し伸べられた由紀は思わず手を乗せてしまった。
 支払いもなく、律はそのまま店の外へ。
 いつの間に支払ったの?
 黒服さんにお辞儀で見送られた由紀は不思議な状況に困惑せざるを得なかった。
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