捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
 春馬は同じ職場の先輩。
 三ヶ月前に付き合おうと言われ、実家に仕送りしているという私の境遇を知り、同棲しようと言ってくれた優しい人だ。
 彼は大学院在学中に一級建築士の試験に合格し、入社後実務経験を積んで免許を取得している。
 春馬が設計した超高層ビルは現在建設中で、完成したら都内で一番高いオフィスビルになるだろう。

「仕事?」
 由紀はなかなかダイニングに来ない春馬を呼びにソファーに近づいた。
 
「これに挑戦しようと思って」
 テーブルの上には、先日社内で展開されたコンペのお知らせが乗っている。
 一級建築士のみ参加可能なので二級建築士の由紀には参加資格がないオフィスビルのコンペだ。

「わ! すごい! がんばって!」
「今さ、ここを悩んでいるんだ」
 エントランスを広く見せたいけれどうまくいかないと春馬はいくつかの案を由紀に見せる。

「あ! この前出張で行った金沢でね」
 由紀はカバンからスケッチブックを取り出し、春馬に見せた。

「なるほど。これだったら空間が広く見える」
「うん、錯覚だけどね」
「すごいよ由紀! これ取り入れてもいい?」
「もちろん!」
 春馬の役に立てたなら嬉しい。
 
「このスケッチブック借りていいかな」
「いいよ」
「ありがとう。あぁ、お腹すいた」
 いい匂いがするという春馬と二人でダイニングテーブルへ移動し、他愛もない話をしながら食事をする。
 おいしいと言いながら残さず食べてくれる春馬が好きだ。
 食事を作るのは由紀、片付けは春馬。
 家事も分担してやってくれるし、本当に幸せすぎて困るほど最高の彼氏。

「はい、コーヒー。由紀はミルク多め」
「ありがとう」
 食後に淹れてくれる春馬のこだわりが詰まったコーヒーも好き。
 こんなおいしいコーヒーを毎日家で飲めてしまうので、インスタントコーヒーが会社で飲めなくなってしまいそうだ。

「何の雑誌?」
 ソファーで由紀が見ている雑誌を春馬が覗き込む。
 
「あ! 見て見て! これリッカなの。すごいよね」
 大興奮の由紀を見ながら春馬もソファーに座った。

「ドイツの商業施設なんだけど、」
 木とコンクリートのモジュラーシステムが採用されていて。
 木製の柱とプレファブリケーションの木材を用いたハイブリッド・スラブパネルで。
 床から天井までの連続窓も綺麗で、ガラス張りのエントランス・エリアの大きなパノラマ窓も素敵で。
 豊かな日照のおかげで人工照明は最低限。
 それでね、と由紀の熱弁が続く。

「……相変わらずリッカが好きなんだね」
 妬けるなと肩をすくめる春馬に、由紀は「ご、ごめん。語りすぎた」と頬を赤らめた。
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