捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「……よかった、由紀ちゃんが元気で」
「ありがと、凛ちゃん」
「私さ、今でもあれはヒドイって思ってる」
 付き合っている彼女がいたのにお嬢様に乗り換えて、さらにクビにするなんて訴えたっていいくらいだと菜々美は力説した。

「春馬くんさ、あのあとなんかね、」
「そうそう、会社でもちょっと浮いちゃってさ」
「新しい部署も上手くいっていないし、最近のデザインもイマイチって」
 菜々美と凛の会話に、由紀は「へぇ~」としか言えないけれど、自分でもびっくりするくらい春馬のことがどうでもよくなってしまったのは、律のおかげだろう。

「由紀は? 今は何をしているの?」
「私はある建築家さんのお世話に」
「えぇ! 男? 男でしょ!」
 興味津々の菜々美と凛の圧に負けた由紀は、その建築家さんのところでたくさん学ばせてもらっていること、一級建築士試験に受かったこと、今コンペに挑戦していることを話してしまった。

「えぇ! 由紀、一級! いやだ、私まだ二級だよ、この前も学科で落ちちゃったし」
「コンペってどんなの? スケッチブック持っているんでしょう?」
 はい、見せて。と笑う凛に、由紀はスケッチブックを手渡す。
 
「うわ、すごい。オシャレ」
「こっちは通路が広くて駅にすぐいけるように、こっち側はエレベータとかスロープとか、家族向けの入口で……」
 ロータリーの上は庭園。
 雨でも傘がいらないロータリーだが、日差しも確保できるように部分的にガラスの天井に。
 ガラスの上を人が歩かないように植物で囲いながらも、立体感と奥行きで狭さを感じさせないように工夫した。

「すごいよ、由紀」
「ね、これ一枚だけ写真撮っていい? 由紀がコンペで金賞になって、この街ができたら自慢する!」
 もっと凄い案が出るよと笑う由紀の横で、凛はスマホでカシャッと写真を撮った。
 
「ねぇ、由紀、新しい彼は?」
「えぇぇ!」
「ほら、写真見せてよ」
「な、ないよ」
 本当にないのだ。
 律と写真を撮ったことは一度もない。

「まだ、付き合い始めたばっか、だし」
 真っ赤になった由紀を菜々美と凛が笑う。

「今度は絶対見せてよ!」
「じゃ、どんな人か聞かせて!」
 女子会は盛り上がりすぎ、十一時からお店に入ったのに解散したのは夕方五時だった。
 
< 30 / 40 >

この作品をシェア

pagetop