捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
 晴れた日の日差しと風通しを考えて建物を左に寄せたこと、あえて日陰を作り、暑い日でもオアシスのように庭園を利用してほしいこと、光の取り入れ方、雨の日の過ごし方。
 通勤通学で駅を利用するのではなく、この街に住む人、利用する人に寄り添った街にしたいこと。
 無機質な高層ビルではなく、遊び心を加えることで優しい街にしたかったことを由紀は語った。

「どちらの説明も矛盾はないが、偶然の一致というには似すぎていますな」
「どうしましょうか、このまま審査をしますか」
 コンペ主催者の困惑した声が聞こえてくる。
 由紀は膝の上でギュッと手を握った。

「すみません、発言をお許しいただけますか?」
 軽く手を上げた律に由紀は驚く。

「はい、どうぞ。加藤建築設計事務所さん」
「ありがとうございます」
 立ち上がった律は外に一人待たせていると部屋の扉を係員に開けてもらう。
 
「……凛ちゃん?」
 こんなところにいるはずがない凛の姿に由紀は目を見開いた。

「彼女はタカナシアーバンデザイン社の社員、そしてうちの小林の友人です」
 律に紹介された凛はペコリとお辞儀をすると、自分のスマホをコンペ主催者の前に提出した。

「……これは、」
 タカナシアーバンデザイン社が提出したデザインによく似た写真。
 律は由紀のスケッチブックをカバンから抜き取ると、写真と同じページを開いた。

「まず、この写真の日付をご覧ください。この日、彼女に写真が取られたデザインはこれです」
 少し書き加えられているが、ほぼ同じデザインが描かれたスケッチブック。

「そしてその前のページ、遡って頂ければわかりますが、どんどん問題が改善されてこのデザインに。さらに、ここからベビーカーや車いすに配慮し、買い物客の動線、ビジネスマンの動線を考慮した結果、今回のデザインになっています」
 これを見れば、誰の作品であることは明白だと律はコンペ主催者に告げた。

「私が小林由紀さんのスケッチブックの写真を撮って、宮崎春馬さんに見せました。まさか同じコンペに応募するなんて思っていなくて、気軽に見せてごめんなさい。本当にごめんなさい」
 泣きそうな顔で謝罪する凛の姿に、由紀も涙が出そうになってしまった。

「こんなの罠だわ、写真データも絵もいくらだって捏造できるじゃない!」
 立ち上がりながら「そうでしょう?」と主催者の数人のメンバーに訴えかける社長令嬢の美香。
 
「そ、そうですな、あちらの会社の言う通りですな」
「た、確かに、これを証拠にするのはちょっと、」
 明らかに発言がおかしい主催者のメンバーに律は眉間にシワを寄せた。

「日本の企業はこれだからキライだ」
 どうせ金でも貰ったのだろうと盛大に溜息をつく律。

「……うちの社員が未熟ですまないな、リッカ」
 今まで一番後ろでずっと黙っていたご老人が言葉を発した瞬間、なぜか会場の空気がピリッとした気がした。

「……リッカ?」
 今、あのお爺さんは律に向かってリッカと言った?
 嘘でしょ?
 由紀は手を口元にあてながら目を見開くことしかできなかった。
< 36 / 40 >

この作品をシェア

pagetop