捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「ごめん。お詫びに由紀の好きなプリンを買ってきたから」
 だから模型を造っておいて。までは書かれていないけれど、その次の言葉は「部長がまだかって言っている」「何日までに社長に見せないと」だ。
 だったら飲みに行かなければいいのに。

 「会社の代表だから」「コンペの結果を期待されているから」「由紀にも協力してもらっているってみんな知っているから」。
 春馬から言われる言葉はいつも同じ。

「コンペでいい成績を納めたら課長にしてくれるって。そうしたら給料も上がるし、家賃以外も全部払って、由紀を楽にさせてあげられるから」
 今、半分ずつ払っている食費や光熱費も全部払うから、その分、母への仕送りができるだろうと言う春馬の言葉もなんだか嬉しくなかった。

 結局エントランス部分は由紀がすべて製作した。
 ビルの周りの植木やベンチも。
 春馬は私が作ったエントランスに外枠をつけただけ。
 草木を並べただけ。
 それなのに、自分が造ったかのようにみんなに説明している春馬が少し嫌だった。

 コンペの提出が無事に終わると、春馬は今まで通り夕食前には戻り、由紀と過ごす日々に戻った。
 本当にコンペのせいで毎日遅かったみたいだ。
 先輩たちと飲みに行く日もなくなり、土日も由紀と出かけたり、マンションでのんびり過ごしたり。

「由紀、これ東京駅?」
「あ、うん。東京駅の断面パースを書いてるの」
「おもしろいことをするんだね」
 丸の内南口から見た屋根が丸い部分は、上まで吹き抜けで開放感がある。
 開放感が必要な案件をデザインする時に参考にしたいと思って書き始めたけれど、こういうのを書くのは変なのだろうか?
 みんなはやらないのかな?

「あ、由紀は来週って九州出張だっけ?」
「うん、水曜から金曜まで」
「明太子よろしく」
 金曜日は米だけ炊いておくよと言う春馬に、由紀はおかずも何かほしいなと笑った。
 
「……春馬、スマホ鳴ってる?」
「あ、向こうに置きっぱなしだ」
 リビングからダイニングに移動した春馬の興奮した声が聞こえてきたのはすぐだった。
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