捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「由紀! 由紀! 由紀! 銀賞、銀賞だって!」
 振り向くのと同時にガバッと飛びつくように抱きつかれた由紀は鉛筆を持ったまま。

「銀賞?」
「あぁ、こないだのコンペ。由紀のおかげだ、ホントありがとう」
 ギュウギュウ抱きつく春馬の背中を左手でポンポンと叩きながら、由紀は「おめでとう」と微笑む。
 春馬は、由紀のおかげだ、ありがとうと何度も繰り返した。
 
 翌朝、社内の掲示板でコンペの結果を公表された春馬は、もちろんみんなに囲まれた。
 コンペで銀賞になったのは嬉しいけれど、せっかく平和な日々だったのにまたしばらく春馬と過ごせないのかと思ったら、少し寂しかった。
 夜は飲み会、土曜は社長とゴルフ、日曜はマンションにいたけれどゴルフで疲れたとほとんど寝ていた。
 月曜も火曜も飲み会で、あっという間に由紀が出張へ行く水曜になってしまった。

「ごめん、バタバタしていて。今週の土日は一緒に過ごすから」
「あんまり飲み過ぎないようにね」
「わかってるって。ごめん、ホントに」
 申し訳なさそうな顔をしながら、行ってらっしゃいのキスをしてくれる春馬。
 
「行ってくるね」
 二泊用の小さなスーツケースと、普段愛用しているカバンを持って由紀は東京駅に向かった。
 女性の先輩と一緒に新幹線に乗り、博多へ。

「またリッカ?」
 好きねぇと笑う先輩に、由紀はドイツの商業施設が載った雑誌を見せながら、リッカのすばらしさを熱く語った。

「ここの曲線が綺麗ね」
「ですよね! 私もここのラインがすごく好きなんです!」
「実物を見に行ったら?」
「さすがにドイツは……」
 お金がないですと笑う由紀を先輩は「新婚旅行で行けばいいじゃない」と揶揄った。

「彼、銀賞でしょ。すごいわよね」
 いい男を捕まえたわねと笑う先輩の言葉に由紀は真っ赤になる。

「私も応募したのよ。社内選考でダメだったけれど」
「そうだったんですか?」
「一級建築士の資格を持った社員は役職者以外、全員参加だったのよ」
「自由参加ではなくて?」
「表向きは自由参加。でも次の昇格者を決める試験だったの」
 内緒ねと指を口元にあてながら、先輩はコンペの詳細を教えてくれた。

 だから「課長になれるかもしれない」って春馬は言っていたんだ。
 それで社内で選ばれた時もみんなの関心が高くて、終わった後もみんなから飲み会に誘われていたんだ。
 誘われ過ぎではないかと思っていたけれど、急に腹落ちした気がした。
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