捨てられた建築デザイナーは秘密を抱えた天才建築家に愛される
「はい、柏木です」
 もうすぐ新山口駅だというあたりで先輩のスマホが鳴る。
 
「えぇ? もう山口ですよ? あ、えぇ。わかりました」
 雑誌を読んでいた由紀は、溜息をつきながらスマホの通話を切る先輩の方に視線を移した。

「中止ですって」
「え?」
「今、部長から。先方が急遽日程を変更してほしいって。博多まで行って、おいしいものを食べたら日帰りで帰るわよ」
 食い倒れツアーよ! と言いながら先輩は店を検索し始める。
 由紀も一緒にグルメサイトで店を検索することにした。

 新幹線は昼過ぎに博多に到着。
 由紀は先輩と鉄なべと呼ばれる餃子を食べ、次は焼き鳥屋に。

「博多ラーメンも食べるわよ!」
「えぇっ、もうおなかいっぱいです」
「もつ鍋は仕方がないからお土産で買って帰るわ。あと明太子も!」
 せっかくここまで来たのだから、思いっきり楽しんでやるという先輩と由紀は楽しく店を回った。

 現地滞在はたったの三時間。
 由紀は先輩と再び新幹線に乗り、五時間かけて東京へ戻った。

 帰りの新幹線で春馬にメッセージを送ったが既読にはならなかった。
 きょうはスマホを見る余裕がないくらい仕事が忙しいのかもしれない。
 きっと今日も飲み会だろうし、明太子は明日の朝かな。
 由紀はスーツケースをゴロゴロ転がしながらマンションへ。

 いつものように鍵を開け、玄関の扉を開けた由紀はそこにあるはずがない見知らぬハイヒールに心臓が止まりそうになった。
 スーツケースは廊下に置き去りにし、そっと靴を脱ぐ。
 ゆっくりとリビングの扉を開けたが、そこには春馬の姿はなかった。

 かすかに聞こえてくる淫らな声。

 そっと春馬の部屋に近づくと、その声はテレビの声でも、聴き間違いでもなかったと確信できた。
 春馬の名前を呼ぶ女性の喘ぎ声。
 そして女性の名前は「ミカ」だ。
 艶っぽい声で「ミカさん」と名前を呼ぶ春馬の声に、由紀は口元を手で押さえながら後ずさりした。
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