純度100%の恋 ~たとえこの想いが繋がらなくても~
――場所は、2日前に赤城さんの浮気が発覚した美術室。
先ほど廊下で加茂井くんが赤城さんと一緒に歩いている背中を目撃したので、二人の後を追って既に閉ざされている前方扉のガラス窓からひょいと顔半分だけを覗かせた。
ピリピリとした雰囲気がガラス越しまで伝わるほど、加茂井くんは不機嫌な表情をしている。
「おととい、ここで大地と浮気してただろ」
話題は予想していた通り、浮気の件だった。
浮気現場が発覚したあの日から中1日とったのは、心の整理をしていたのだろうか。
彼と向き合っている赤城さんは動揺の色を隠せない。
「なっ、何の話かわからない……」
「見たんだよ! ここでお前と大地がキスしている所を」
「……っ! 他人の空似じゃないの?」
「大地が『沙理』って言ってた。お前の名前は珍しいから聞き間違えないんだよ」
「……」
「おかしいと思ったのはこの時だけじゃない。以前から友達に沙理と大地が一緒にいるとの報告を受けたり、お前のスマホの通知欄に大地の名前が表示されていたり、デート中に急用ができたと言って切り上げる日が度々あったり。自分の勘違いだと思って今まで目をつぶってきたけど、証拠を捉えたら否定し続けていたものが全て無になったよ」
「……」
「しかも、よりによってどうして大地? あいつとは中学の時から犬猿の仲だって言っただろ」
「ごめんなさい」
それまで否定し続けていた彼女だけど、逃げどころがなくなった瞬間頭を下げた。
と同時に、2週間前に木原くんに言っていた彼女の言葉を思い出した。
でも、それは私の胸の内にしまっておかなければいけない残酷な言葉だ。
「今まで隠していたけど……。好きなの……、大地が」
「えっ……」
「だから、お願い。私と別れて欲しい。……大地と付き合いたいから」
それは、想像以上に素直に伝えられた。
私は二人の幸せを心から願い続けていた分、この場に居合わせてしまったことを残念に思った。2週間前に間接的に聞いた言葉が本音として吐かれてしまうなんて思いもしなかったから。
「……それ、身勝手って言うんだよ」
「わかってる。でも、好きという気持ちが止められなくなったの」
「じゃあその間、俺のことをどう思ってた訳? 最近デートの回数や電話の回数が減ったり、急にお前の都合が悪くなったり、手を繋いでもすぐに離してきたから、薄々おかしいとは思っていたけど」
「それは、ごめん……。反論する余地もない……」
「反論する余地もないくらい大地が好きだってこと?」
「うん……、好きなの」
彼女の想いが届けられると、扉一枚挟んだ向こうで聞いてる私ですら辛くなった。振られた本人はもっと苦しいはず。1年間交際していた分、思い出はたくさん重ねてきたと思うし。
私は心が疼いたまま半分涙目で様子を見守っていると、加茂井くんはそこで話を切り上げたのか、前方扉の方へ身体を向けた。
こっちへ来ると思って後方扉の方に移動して気づかれぬように背中を向けると、バーンと扉の大きな音が立ったと共に彼は美術室から出て行った。
足音が遠ざかってから後方扉から中を覗くと、赤城さんは胸に手を当ててふぅっとため息をついていた。
この位置から表情までは見えないけど、関係に区切りがついたことは確かだった。
2日前に彼が美術室へ行こうとしているのを阻止していたら、少なくとも今日はこの展開は迎えなかった。
つまり、少なからず自分にも原因があると思ってしまい、後悔の波が押し寄せることに。